電子辞書・英語との両引き辞書

『ロシア語リアル・フレーズブック』を聴き始める。
 簡単に進むかと思っていたら、意外と手強い。
口語表現の最先端的なものがぎっしりと詰まっている。緩い部分が非常に少ないので、頭がなかなか消化してくれない、といった感じである。私のロシア語の力が足りないせいもあるのだが、これくらいの背伸びはしてみた方がいいだろう。再生スピードを少し落として聴いてみる。あせらず攻めて行こうと思う。
ロシア語の電子辞書が欲しいな、と思っている。今入れている追加コンテンツの『コンサイス露和辞典』は良い辞書だけれども、やはりボキャブラリーが足りない。ロシア語専用の電子辞書なら、露英辞典も入っているので、内容がもっと分厚くなる。英露辞典もあるとありがたい。英語の表現から探りたいこともある(日本語だと調べるべき見出しの語形が決められない時があるので、英露は便利だ。英語が噛んでくれた方が、何かと語義を画定するのに重宝するのだ。これはロシア語に限らず、他の言語でも同様である。今やっているイタリア語への翻訳でも、英伊や伊英辞典にはずいぶん助けられている。そうしたもろもろの方向の辞書が全部収まった多言語電子辞典があったらどんなに良いだろうと思う。発売してくれないだろうか。あと、ロシア語や韓国語などのキーボード配列がプリントされたキーボード用のカバーフィルムみたいなものがあると助かるのだけれども。贅沢を言ってはいけないのだろうが。

流れに身を任せる

校閲講座の外に、翻訳校閲に関するセミナーみたいなものもやることになって、そのこと自体は嬉しいのだけれど、目が回るような状況になっている。イタリア語への翻訳も進行中だし、語学も相変わらず進めているので、「のんびり」する間がない。
あまりにせわしないので、今日は一日休みを取った。久しぶりにのんびり気分だけはしたけれども、結局やっているのは、いつもと変わらないことだ。貧乏性はいつまで経っても抜けない。
校閲の仕事で、初めてポルトガル語の翻訳作品を担当した。面白い。でも電子辞書で調べていると、もうちょっと詳しい辞書が欲しいな、などと要らぬことを考えてしまう。ああきりが無い。妙に刺激を受けてしまうのだ。
会社もあと一年なので、本当にその後の暮らしを考えなければいけないのだが、どうも落ち着いて考えられない。おそらくこのまま突入して、その場でもがくのだろう。計算通りに行かないのが人生だ。とりあえず好きなことで多少でも収入になれば嬉しいが、それだってどうなるものだか分からない。
雲をつかむような予定より、とにかく目の前の事を一生懸命やるしかない。もう半分、流れに身を任せる心境になっている。

相変わらず忙しい

 いつもやっている校閲講座の外に、今年は別の講座が1本(とりあえず1回試みに)と、出張の講演の依頼があって、相変わらず、のんびりというわけには行きそうもない。多言語学習も多言語読書も止めず、そのうえ絵まで描いているのだから時間が無いのも無理はないのだが、それぞれにどのくらい重点を置くかは、その時の状況によるので、決してコンスタントに決まっているわけではない。本業以外の仕事が多いと、やはり語学やイラストにかける時間は限られる。
語学的には今、イタリア語への翻訳に時間を割いている(といっても毎日僅かずつだけれど)。第1章の訳文をイタリア人の先生に見てもらった。大きく文章を直さなくてはならないということは無かったけれど、細かいところはやはり訂正する部分がかなりあった。でも概ね問題はなさそうなので、少し自信を持って今後も続けたい。
その他の言語は、ルーティーンを着実にこなすだけだ。ジプシー(ロマ)語の文法を新たに始めた(白水社で入門書が出たので)。ベルベル語の追加学習も結局は全て書き足すような形になり、そう楽ではない。
ダンテのラテン語は、近代語との狭間的な特徴がかえって難しい。イタリア語も知らないと逆に読むのは難しいものであると知った。
シェークスピア「オセロ」は、飛び飛びに読んでいるので今一つ進まない。時間がもう少しあれば。
ともかく、講座の準備とイタリア語翻訳が、今のメインになっている。

訳して分かったこと

実は今、自分の書いた本をイタリア語に訳しているのだが、これが結構大変である。
何が大変かというと、自分の文章の訳しにくさである。
日本語で文章を書くときは、文法を考えて書いているわけではない。日本人に分り易いように、ということしか考えていない。そういう状態で綴られる言葉は、何か野生動物のようで、翻訳するのにちょっとばかり腕力が要る。これがネイティヴの言語の一筋縄では行かないところなのだろう。そのことに、自分の文章を相手にしてはじめて気付いた。これはすごく良い勉強だ。なにか言語の本質に触れることをやっている気がする。時間は掛かるが、最後までやってみたいと思う。イタリア語の先生がチェックしてくださる。とても有り難い。スクールに行っていて本当に良かったと思う。「自分の書いた日本語を外国語に訳す」という発想は自分からはできなかったと思う。
しかし電子辞書というものがあって本当に助かった。デジタル化の最大のメリットの一つは辞書類のデータ化である。電子辞書を引きこなすにもテクニックがいろいろあるな、ということも今回のイタリア語への翻訳で感じたことだ。ネットの補完的利用も大いに意味がある。翻訳者にとって、デジタル化以前と以後では天と地ほどの違いがあるのであろう。

統一したら標準語はどうなるのだろう。

 韓国語の言い回しや語尾のヴァリエーション、重要単語などを書き抜いたノートを久しぶりに取り出して電車の中で読み直し・暗記することにした。ずいぶん前に中級韓国語の教本のようなものから書き抜いたもので、自分なりの分類を施した部分もある。ここのところ朝鮮半島の状況がキナ臭かったので、あまりやる気になれなかったが、少し安定する望みが出て来たので、すこし前向きにやり直そうと思った次第。
 それにしても、朝鮮半島の情勢はどのあたりで落ち着くのだろうか。いきなり統一、というところまでは難しいのかもしれないが、もしそれに近い状態になった時、ソウルの韓国語とピョンヤンの朝鮮語(正確な言い方ではないかもしれないが、区別をシンプルにするため仮にそう呼ばせて頂く)のどちらを標準語として採用するのか、という点が私の関心事である。

 ある本のイタリア語への翻訳という大変なことを始めてしまったので、ちょっと時間が足りない。うまく時間を使わなければならないが、他のこととどう調整するか、が現下の悩みである。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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