ホメロス(つづき)およびシュリーマンのこと

ホメロス「イーリアス」は第二歌に入っているのだが、
まことに遅々たる歩みである。
「シュタウブ希和辞典」を入手してから、それをメインに引いているのだが、
この辞典はおそらく古典期のアッティカ方言を中心に編まれていると思われるので、
それより古く、イオニア方言・アイオリス方言などを中心に
人工的に作り上げられたホメロスの言語を読むには難点がある。
「A Homeric dictionary」(ホメロス辞典)と合わせて、
また時にはLiddell&Scottも参照しなくてはならない。
しかし、見当がつけば、訳語が日本語であるので、意味の把握が容易である。
それにしても、ホメロスの詩文には手を焼く。
まず、実質的な意味にあまりかかわりのない「虚辞」とでも呼ぶべき副詞類が頻出する。
αρα、η μην、περ、δε、τεなど、細かく調べると意味はさまざま
(「全く」「まことに」「さらに」「ちょうど」等々)だが、
無くても文意はそう変わらない、といった言葉だ。
もちろん専門家からは「そんなことがあるものか」という声が上がるだろうが、
私には、日本語の枕詞や助詞「ぞ」「なむ」などの類と似たものに思える。
これらを軽々と捌けるようになるには、年季が要りそうである。
他の語も、同義語が多く、なかなか覚えられない。
現代ギリシャ語も勉強したが、同じギリシャ語と称してよいのか、
と思うほど隔たっている。
中身も神様たちの話であるし。
あのシュリーマンが、ホメロスの一節をギリシャの農民の前で朗誦し、
農民たちが涙を流した、という逸話を聞いたことがあるが、
両方触れてみた人間としては、とても信じられない。
シュリーマンのハッタリではないか。
商人でもあったシュリーマンには、若干この類の虚言癖を感じる。
外国語を知らない人間には、
少しでもその言語を知っている人間の言うことを
簡単に信じてしまったり(というか、信じたい気持ちがあったり)、
わずかばかりの決まり文句を流暢に発音して話していれば、
「ペラペラに喋れるんだ!」と感心してしまう傾向があると思う。
外国語は、そんなに簡単にペラペラ喋れるものではない。
一つの外国語を充分なコミュニケーションが取れる程度にまでレベルアップするのには、
気の遠くなるような努力が必要である。これは事実であるからしょうがないのだ。
外国語に関してはいまだに多くの神話がまかり通っているのである。
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テーマ : 洋書多読
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

虚辞というのは、実際にはほとんど意味がなく、平仄を合わせるためのものですね。

『文字の文化と声の文化』(オング)によれば、オデュッセウスとかアキレウスなどよく出てくる固有名詞や名詞にはいくつかの形容詞が用意されていて、そのときの韻律に合わせて適当なものを使っていたそうです。このようにすると、テキストを完全に覚えていなくても滑らかに言葉が出てきます。
枕詞の起源もこのあたりにあるのではないかと思いつきました。

ちょっと、驚かされる本でした。

No title

貴重な情報、ありがとうございます。
これからの読書に役立てたいと思います。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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