『三人姉妹』つづき

『三人姉妹』を読み進めていたら、陸軍中尉で男爵のトゥーゼンバフが、陸軍二等大尉のソリョーヌイに向かって、
«Всë вы сидите один, о чëм-то думаете ── и не поймëшь, о чëм.»(以下略)
 と言うくだりがあった。
 これを新潮文庫の神西清訳では、
「相変らず君は一人で坐って、何か考えてますね──何を考えてるのか、さっぱりわからない。」
 と訳している。普通に読むと、君の考えていることが私にはさっぱり分らない、という意味に取ると思う。しかし、не поймëшьは、「君は分らない(だろう)」の意だろうから(「私」が主語なら、не поймуだろう。いや、不完了体動詞でне понимаюと言う方が普通か)、この訳でよいのかどうか。
 しかし問題は前半部分にもある。ここの主語はвы(「あなたがた」または丁寧な「あなた」)である。しかしпоймëшьはты(親しい、あるいはぞんざいな「君」)に対する変化形である。これはどういうことなのだろうか。最初は丁寧に「あなたは一人坐って考え事をしているが」と言い、それから間を置いて(もしかすると囁くように)「君は自分が何を考えているのかも分らないんだろ?」と嫌味な言い方をしているのだろうか。それともне поймëшьというのは、何か固定化したフレーズなのだろうか。全般部分にあるодин(一人、一人で)というのは単数形だから、まさかвыが「あなたがた」を意味するとも思えないのだが、単複を無視した、そういう用法があるのだろうか。そうだと、「あなたがたは皆、一人坐って考え事をしているようだが」ということになるが、どうかなあ。
 このように、一つこだわりだすと迷路に入ってしまう。神西氏の訳は「わからない」の主語が示していないので、今ひとつ手がかりにしきれない。もしかすると、このあたり、わざとぼかして訳している高等戦術かもしれない。ロシア語に詳しい方に教えを請いたいものだ。
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素人のたわごと

ロシア語初心者なのでぜんぜんわからないのですが、気になって辞書を引いてみました。тыの二番目の意味に「人間一般を指す」というのがあって、これだと「何を考えているのか誰にもわからない」にならないかなあと思ったのですが……自信がありません。

Re: Re: 素人のたわごと

> > ロシア語初心者なのでぜんぜんわからないのですが、気になって辞書を引いてみました。тыの二番目の意味に「人間一般を指す」というのがあって、これだと「何を考えているのか誰にもわからない」にならないかなあと思ったのですが……自信がありません。
>
> >ぽてこさん、今日は。コメントありがとうございます。そうですね、確かにтыにはそういう意味がありますね。私も考えてみたのですが、выにも同様の用法があるようなので、ここでどうして話者の相手に対する立ち位置が変わるのか、そこらへんが疑問として残ります。何だか細かいことにこだわっているようですが、意外とこんなところが原文を味わう上での勘所だったりするものなんですよね。翻訳しても(多少誤訳があっても)十分伝わる普遍的な部分が文学としては第一義的に重要なんでしょうが、原語で読む以上、こういうその言語特有のニュアンス・肌触りもやはり感じ取りたいですよね。早く読まなくてもいいから、丁寧に、深く読んでいきたいと思っています。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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