ケルト語のロマンティシズム

白水社から「ニューエクスプレス・アイルランド語」
という入門書が出て、
ゲール語(アイルランド語)への敷居が若干低くなったが、
そもそもゲール語の属するケルト語派というのは、
他の印欧語に押されて、ヨーロッパから閉め出され、
イギリスとアイルランドの地にかろうじて生き残った
(ブルトン語のように、あとからフランス・ブルターニュに戻ったものもあるが)、
言ってみれば悲哀に満ちた言語群でもあって、
実際アイルランド語だって、国語の一つではありながら、、
実際に使用しているのはごく少数であり、
アイルランドの現代文化を十分に担っているのかと言うと、
微妙なところであろう。
スコットランド・ゲール語などはもっとそうであろうし、
勢いのあるウェールズ語にしても、
そのウェールズ現代文化に憧れてウェールズ語を学ぶ、というケースは
残念ながら少数派だろう。
全体にケルト語派は、妖精譚などのケルト伝統文化や
歴史的・考古学的興味から学習する人が多いのではないか。
そしてそれらには、どことなく「ロマンティシズム」が色濃く香る。
言語的にも、語頭音が頻繁に変化したり、
統辞法も他の印欧語とは甚だしく違っていたりと、
「ロマンティシズム」をさらに掻き立てる要素に満ちている。
例えばアイルランド・ゲール語において、
Cá bhfuil tú i do chónaí anois?
(君は今どこに住んでいるの?)
という文章は、
cá=where
bhfuil tú=are you~?
i do chónaí=in your living
anois=now
ということになるのだが、are you~?の部分は
肯定形がtá tú、否定疑問がnach bhfuilと、
似ても似つかない変化をするし、
「Are you in your living?」に相当する形が「Do you live?」を表すのも
独特の表現である。bhfuilが[vil]という発音なのも面妖である。
その他、なじみの薄い表現法が多いので、
言語愛好家には魅力的な言語である。
ただ、保存するだけでなく、現代に十全にその言語を活かすには、
やはり現代的な、人類に対して普遍性を持つ文化を創造する、という
困難な務めを果たさなくてはならないだろう。
そうしてこの魅力的な言語群が将来にわたって生き延びてくれることを
願うものである。

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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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