近くて遠いインドネシア語

インドネシア語の読本というのを
時折読むのだが、
どうも上達する、というところまで
簡単には行かない。
文法的に難しいわけではなく、
むしろはっきりした時制が無いなど、
最初の敷居は低いのだ。
しかし、語法が今ひとつ飲み込みにくい、というか、
きちんとそのあたりが説明されないまま
「簡単でしょ。あとは自分でやって。」と放り出されたような気分になる。
同じ語が場合によって別の品詞として解釈されたり、
語法の論理的解釈に合点が行かなかったり、
今ひとつ腑に落ちない。
おそらく、語形変化的な縛りが少ない(存在するが、かなり規則的)分、
用法・語法のウェイトが高いのだが、
それを説明するのは恐ろしく大変なことなのだろう。
現にインドネシア語辞典は、語彙集に毛が生えた程度のものが多く、
用例を充分に載せたもの、というのは少ないようだ。
語彙も、オーストロネシア語族なので、
日本人が知っている語彙、というのは少ない。
文化的にも90%がイスラム教徒であり、ややなじみが薄い。
クロンチョン音楽だとか、インドネシア料理だとか、
多少は入っているが、ボリューム的にはまだまだだろう。
敷居が低いのに、とっかかりも少ないという、
経済的には重要な相手であり、
地理的にも比較的近いのに、
言語的にはあまり積極的に紹介されない、という
ちょっと不幸な言葉である。
マレー語、ジャワ語、バリ語という近縁言語もあるが、
ほぼ同一の(巨視的に)文化圏なので、多様性には気付きにくい。
マダガスカルのマラガシ語も言語学的には同一グループなのだが、
これはほぼ別言語、といってさしつかえない。
フィリピンのタガログ語やその他フィリピン諸語も同様である。
どうも日本人の目から見たインパクトに欠けるのは否めない。
もちろんこれはインドネシア語のせいではなく、
歴史の偶然の結果、ではあるのですが。


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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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