校閲のイベントにて

 土曜日に「本の場所」という、本にまつわるイベント企画に招待され、現校閲部長と共に校閲についてお話をさせて頂いた。校閲部の新旧部長が出るという、一見いかめしそうな看板とは裏腹の、校閲の仕事にまつわるとりとめもない雑談をしたわけだったが、皆さんがとても真剣に耳を傾けて下さったおかげで、どうにか無事終了できた。
 出版という、最先端でもなくアナログの塊みたいな職種に興味を持たれる方が相当数いることに、意外な気持ちと共にちょっとホッとする感情も持ったりする。
 デジタル技術が発展したその先に、人間が人工知能に駆逐されてしまうのではないかという漠然とした不安感を持つ人が多いのかもしれない。そんな時、効率性や計算の通用しない人間臭い仕事というのは、逆に魅力的に見えるのだろうか。私はその中で働いて来たので、はっきり言ってよく分からないのである。
 言語芸術にしろ他の芸術にしろ、出発点は限りある存在としての人間の、生きている実感から始まるものではないかと思うので、いくらビッグデータで分析を重ねて巧妙に組み立てたところで、その切実さ(限界の裏返しとしての)が出発点に無いものから、今までに存在しなかった新鮮な芸術が生まれるとは考えにくいのである。
 こういう「ゴールを探し求めてさ迷い歩く」ような行為は、人工知能から見れば無意味と取られるのではないだろうか。でもその無意味さこそ、生身の人間にとって死活問題的に必要なのではないかと思う。
 この時代に、こんなに時代とかけ離れた職業に興味を持ってくださる人たちの心の中には、こういう生身の人間にとって必要なものが、出版という仕事にはまだ潜んでいるのではないかという期待が込められているのかもしれない。そしてそれは決して間違った期待ではない、と私は感じているのである。出版で働いて来た人間の自惚れだ、と言われればそれまでなのだが。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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