校閲と言語学・多言語学習

 この歳まで校閲という職業をやって来て、同時に多言語学習も進めて来て、仕事に多言語の知識が活きたということは実際多かった。
 特に翻訳の校閲では、原テキストを横に置いて、訳文を読んで不明だった個所について、原文の該当箇所を調べるということをやっている。これは逆に多言語学習にとっても貴重な経験であり、仕事をしているのだか勉強をしているのだか正直分からない感じになることもある。と言うより、そんな区別が無意味になるほど、外国語の解釈作業と校閲作業が一体化してしまった感触であり、ある種の醍醐味である。
 翻訳校閲で扱った原テキストの言語を、数え上げてみる。
 英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・イタリア語・ロシア語・オランダ語・韓国語・ヘブライ語・フィンランド語(これは今回の仕事)。
 不思議と中国語の作品には出会わなかった。ポルトガル語もそのチャンスがなかった。残念である。ちょっとした翻訳を頼まれたことはある。それは上記の言語(ヘブライ語・フィンランド語は除く)も同様。その他、アラビア語も苦労して新聞記事を訳したことがあった。
 しかし、圧倒的に多いのは、単語や簡単なフレーズを調べる作業で、これは数十カ国語に及ぶだろう。それだけならあまり大変なことでもないので、要はどれだけ広く言語をカバーしてるか、が勝負になる。むしろ楽しい作業である。
 もっと大変なのは、調べたい事項を、最も関連の深い言語で書かれたWikipediaその他のサイトで、その言語の説明を読み解く作業である。ある程度「読める」状態にないと大変苦労する。しかし大変勉強になる。
 できれば、翻訳校閲の原文がもう少しマイナーな言語のものを、もう少しやってみたかった。現代ギリシャ語だとか、ハンガリー語だとか、トルコ語、インドネシア語、スワヒリ語、アイスランド語、カタルーニャ語、ポーランド語、等々。ヒンディー語やインドシナ半島の言語(タイ語・ヴェトナム語・クメール語等)、アラビア語などは相当苦労するだろうが、校閲というのは翻訳をするわけではなく、訳文で疑問が生じた個所が出た時に、その個所を原文上で見つけ、その部分を調べて解釈し、問題の所在を明らかにして疑問を提出する作業なので、翻訳者と同等なほどの力は必須ではない。しかしそういう作業をする程度の力は必要ということで、辞書と文法ノート片手にものすごく濃密な学習をしているのと同じになる。それはとても充実した仕事だ。
 これから、言語学を修めた上で、この仕事に携わる人には、もっと新しい分野を切り拓いて欲しいと思う。音声学を始めとする知識も、言葉の取り扱い上、大変有益なものであることは言っておきたい。つまり、言語学徒にとって、校閲というのは大変適した職業であると私は思っているのだ。
 
 
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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