完成はしない

 だんだん歳を重ねてくると、「あとどれくらいの言語に触れられるのだろう」とか、「あとどれだけの作品に原語で出会えるのだろう」などということが頭をよぎる。
 もう1年経つと生活も変わりそうだし、想像がしづらいのだが、最近あまり考えなくともいいや、という気にもなってきた。
 きっとこれからも、今までと同じような学習をしたり読書をして過ごすのだろう。そして役に立つとは思えない言語の入門書や、やりかけの会話本などを調べている時に、死神が私の肩を掴んで、そのままこの世に別れを告げるという妄想をする。若いころはそんなのは厭だと思っていた。やるべきことを全てやり尽くして、言語の何たるかをそれなりに掴んで納得して死にたいなどと、まるで悟りすました哲人のような最期を考えていたが、今はそうではない。中途半端なまま、不完全なまま、でも前だけは向いたままでピリオドが打てたら幸せだろうと思っている。そう決めてしまった方が楽だし自由だからだ。最後まで楽しくやる。完成とか完遂とかに囚われず、中途半端なまま、夢や憧れを抱いたまま、未熟なままで通そうと思う。そうできるだけの健康が望みだ。これだけでも贅沢な望みなのである。

 話は変わって、今シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を(むろん原文で)読んでいる。面白い。シェイクスピアは「真夏の夜の夢」と「ロミオとジュリエット」しか読んでいない。「リア王」も「マクベス」もこれからである。それくらいは読んでおこうと思っている。現代の英語教育では諸悪の根源みたいに嫌われているシェイクスピアだが、こんな素晴らしいものをあれこれ悪く言うのははっきり間違いだ。もっとも、中学生や高校生に読ませて、その真髄がどこまで分かるか、という点では、「まだ早い」のかもしれない。いや大学生だって、どこまで本当に分かるものだか。学生にはまだ早い、というのが真実かもしれない。私は歳だけは食っているから、味読する資格はもうあるだろう。ちょうどいい時機が来たのかもしれないのだ。
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コメントありがとうございます。
アラビア語、いいですね。
言語論を語りたい人にはまずアラビア語とタガログ語を勉強してみたら?というのが私のアドバイスなんです。
それくらい組み立てが違うので。
テクニックとしては、基本の3子音の前、間、後にどんな子音が来る可能性があるのかを一目で分かるような図表にすると、基本3子音が見つけやすくなります。文法をやりながらこの図に書きだしていくのです。
あとは第一基本子音がwになる動詞を書きだして覚えること。これが最も不規則なので。
類推しにくい形は辞書に書きこむこと。
そうすれば固い氷も徐々に溶けていくでしょう。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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