ルイジ・ピランデッロ作 「ライン河のクリスマス」翻訳

 ルイジ・ピランデッロの短編集『一年間の物語』より、短編「ライン河のクリスマス」を翻訳しました。
おそらく本邦初訳だろうと思います(もし違ったらご容赦を)。
シチリアを舞台にした作品が多い中で、少し毛色の変わった作品です。
今回は、一挙掲載です。


ライン河のクリスマス

ルイジ・ピランデッロ 作
井上孝夫 訳


ローマ、一九一四年末

 「ママがね、」イェニーが大喜びで私の部屋に入って来て、手を打ちながら言った。「承知してくれたわ、あなたのために!」
 私はびっくりして、暖炉のある部屋の隅から彼女を見つめた。そこに一時間ほど前から寒さでちぢこまって、暖炉の熱い微風に両手両足を当てていたのだ。そして心は……ああ、心は時としてどこへ行ってしまうのか、活気を失った肉体の感覚とは切り離されて? その間、目はじっと物を見ているようで、その実何も見ていないのだ。
 「まあ!」すぐさまイェニーは、私の放つ寒さに凍りついたように再び口を開いた。「あなたまるでお爺さんみたい! まさか、雪が本当にここに降ってきたわけでもあるまいし!」
 そう言いながら、私の髪の毛をくしゃくしゃにした。
 私は彼女のこの上なく美しい両手を取り、自分の両手でしばし握りしめた。
「手を温めてやるよ、じっとして! お母さんが何を承知したって?」
「聖なるクリスマスをお祝いすることよ!」イェニーは叫んだ。部屋へ入って来た時の生気を再び漲らせて。そして私に両手を握られている困惑を隠しながら。「素敵なモミの木を買いましょう。背の高い……背の高い……たとえて言えば……」
「どんな?」私はますます強く彼女の両手を握りしめながら言った。
だが彼女は片手を外して、すぐに言った。
「こんな高さの!」
「素敵だね。きれいだろうな……」
「いやな人……こういうことに冗談は言わないものよ。こっちの手も放して……何を考えていたの?」
私は目を閉じ、肩をすくめて、鼻から長い溜息を吐いた。
 煙突の焦げた煙道を通して風の唸りが聞こえた。それとも本当は、ザンポーニャ(バグパイプに似た楽器)の緩んだような鼻にかかったような、それでいてリズミカルな音が、遥か遠くから聞こえているのだろうか? その音は、私自身の裡にある悲嘆の言葉から発しているのだろうか? それらの言葉は喉を締め付ける縺(もつ)れた塊を通って、唇より先に目から溢れ出るだろう。その遥か遠くのザンポーニャの音は、私の激しい憂愁の深い溜息で膨れ上がっているのだろうか? 私の前にある暖炉の火は、遥かなる我が故郷の広場で聖なる九日間の祈祷が粛然と行われる宵に、小祭壇の前に置かれるカラス麦の無数の束が燃やされる、その火ではないのか? 火打ち金がカチカチと鳴っているのか? 本当に、遠くでザンポーニャが鳴っているのか?
 時々起るように、いやむしろよくあることなのだが、この社会において我々は自分の魂の尊厳を恥じることがある。そうして或る羞恥心が、誤った羞恥心が、我々の心の奥底を、心優しき人に向かってさえ明らかにすることを禁じるのである。その心の奥底とはある種の感情であり、あまりにも甘美で、その繊細な純潔さのためにほとんど子供っぽく見えて、我々はそれらが嘲笑を以て迎えられるか、あるいはせいぜい、精神のきわめて特殊な状況下で我々の内に生まれたものとして、尊重もされずに終わるかもしれないだろうと疑うのである。それゆえ、私が何を考えているのかイェニーには言わなかったのだ。
 「この風の音を聞いていると苦しくなってくるんだ。」代わりに私はそう言った。「もう聞いていられない……。こんなふうに一日中、煙道のために部屋の中でうめいて……。そして晩になるとね、静けさの中でただ一人、耐えがたくなってくる……。
 「分かったわ!」イェニーはそこで椅子に手を掛け、言った。「私がそばにいるじゃないの、小言屋さん! さあさあ、暖炉にもう一つ木を入れて、私のために! 待って! ……私が取るわ。あなた、服を着込んでるから……さあいいわ! だからママが承知してくれたんだってば! もう二年間も、うちではクリスマスをお祝いしてなかったんだからね。今年は、その穴埋めをするんだわ。子供たちがどんなに喜ぶか考えてごらんなさい!……
 イェニーが言っている子供たちとは、彼女の異父姉妹たちだった。L***家では、イェニーの母であるアルヴィーナ夫人の二番目の夫が痛ましい死を遂げてから、服喪の印として家でクリスマスを祝わずにいたのである。L***・フリッツ氏は乱脈を極めた生活の後、ライン河の右岸にあるノイヴィートの町で、リボルバーでこめかみを撃ち抜き自殺したのである。イェニーは家族の一連の愁嘆場に続けて、この自殺についての残酷な詳細を私に何度も語っていた。そして義父の姿や態度を説得力をもって描写したものだから、私は彼を知っていたような気になっていた。私は恐ろしい目的を実行するために彼が赴いたノイヴィートから妻に出した最後の手紙を、すでに読んでいた。これほど美しく真摯な、惜別と悔恨の言葉を読んだことがなかった。世間では、ノイヴィートはライン河沿いの地域の中で、他のどの地点よりも日の出が美しく見られると言われている。《私はあらゆるものを見てきたし試してきた、》夫は妻に書いていた。《ただ一つのものを除いて。四十年の人生で、未だかつて日の出を見たことがないのだ。明日、河岸からその光景に立ち会おう。この上なく静謐な夜が私に約束してくれる光景に。太陽が昇るのを見て、その最初の輝きのくちづけを浴びながら、わが人生を閉じようと思う。》
 「明日ツリーを買いましょう……」イェニーは続けた。「桶が屋根裏部屋にあるわ。その中に色つきの小さなランプやカラフルな飾り付けが、が最後にそこに置いたままになっているはずよ。だって、ツリーはね、毎年クリスマス・イブに彼がそっと、下の食堂のそばの部屋に飾り付けたんだもの。子供たちを喜ばせるにはどう飾り付けたらいいか、本当によく分かっていたわ! 年に一度、こういった晩にだけ、良いパパになったの。」
 イェニーは想い出に心をかき乱され、私の安楽椅子の肘掛に額を載せて顔を隠そうとした。そして沈黙しながらも、明らかに祈っていた。
 「可愛いイェニー!」私は胸を衝かれ、彼女のブロンドの髪に手を置いて言った。
 祈りから再び立ち上がると、彼女の目には涙が溢れていた。そして新たに私のそばに座りながら言った。
 「聖なる夜が近づいているのだから、私たち皆、善き人間になりましょう。そして赦(ゆる)しを与えましょう! 私も善い人間になります。彼が私たちをこんな状態に追い込んだのを赦せないといつも言っていたけれど。その話はもうやめましょうね! だから明日は、ねえ、聞いて。まず近所のR***さんのお宅へ行って、庭の砂をエプロン一枚で運べる分もらってきて、桶をその砂で一杯にして、そこにツリーを差すの。そして次の朝早く、子供たちがベッドから起きてくる前に運んでもらう。子供たちは何も気付かないでしょう! それから私たちは一緒に出掛けて、お菓子や、ツリーの枝に吊り下げる何でもないプレゼントや、林檎やクルミを買いましょう。R***さんが温室から摘んできた花をくれるわ……。きっとあなたにも分かるわ、私たちのツリーがどんなに美しくなるか……。あなた、うれしい?」。
 私は何度もうなずいて、うれしいよと答えた。イェニーは立ち上がった。
 「じゃあこれで、私行くわ……また明日ね! そうしないと、お隣さんが私のことを変な風に思うから。ね、そこの部屋でその人、私があなたの所へやって来たのに聞き耳を立てているのよ……」
 「パーティーに奴(やつ)も来るっていうのかい?」私はむっとして尋ねた。
 「まあ、そうじゃないの! あの人はお似合いの連中とバカ騒ぎしに出かけるわ……。さようなら、また明日ね!」
 イェニーはそっとドアを閉め、爪先立ちでそそくさと帰って行った。そして私は再び物悲しい思いに耽り、それは耐え難い哀れな叫び声が、私を暖炉の一角から遠ざけるのをやめた時まで続いた。私は窓のそばへ行き、指でガラス窓の曇りを拭い、外を眺めた。雪が降っていた。まだ、渦を巻いて、雪が降っていた。
 そうやって曇り窓の透き通った部分を通して外を眺めていると、突然、幼い頃の思い出が蘇ってくるのだった。まだ物事を信じやすい子供だった私が、クリスマスイブに、プレゼーペ(キリスト降誕を人形で表現した模型)に飽き足らなくなって、こんなふうに外を窺っては、神秘に満ちたこの空に、おとぎ話にでてくるお告げのほうき星が、本当に姿を現しはしないかと思っていたことが……。

                 *

 翌日、私たちはパーティー用に聖なるツリーを買い、屋根裏部屋に上って、飾り付けのうちどれくらいのパーツがまだ使えるのか、新たに買いに行く前に見ようとした。
 三年前の古いツリーは骸骨のように干からびて、暗い片隅にあった。
 「これよ。」イェニーは言った。「これが、彼が飾り付けた最後のツリー。これは彼が置いた所にそっとしておきましょう。そうすれば、このツリーはヨハン・クリスチャン・アンデルセンが書いたクリスマスツリー(アンデルセンが書いた童話「もみの木」の主人公)のような運命は決して辿らずにすむわ。切り刻まれて、大釜の下で最期を遂げるようなことはなくなるの。これが桶。見て、一杯になってる。湿気でガラス球や豆ランプが輝きと色を失くしていなければいいんだけど。」
 どれも良い状態だった。
 その後、私とイェニーはおもちゃとお菓子を買いに揃って出かけた。
 歩きながら私は考えた。厳しい寒、霧、雪、風、自然の侘しさなどは、この地のクリスマスという祝祭を、我々の故郷におけるそれよりもっと落ち着いた、深味のある、さらに甘美な憂愁を伴った詩的で宗教的なものとすることに、なんと貢献しているのだろうか、と。
 夜、子供たちが床に就くとすぐに、食堂脇の部屋を片付けて、私とイェニーはメイドに言いつけて桶を降ろして来てもらった。それを部屋の隅に置いてツリーの幹の周りを砂で満たした。
 夜遅くまで私たちはせっせとツリーを飾り、ツリーの方もこの飾り付けに満足して、愛情の込もった世話に感謝して身を任せ、金色や銀色の紙のネックレスや、リボンと飾りの束、小さな球や豆ランプ、お菓子の小さなバスケット、おもちゃ、そしてクルミを支えようと枝を伸ばすのだった。
 《だめだよ、このクルミは、だめ!》ツリーはたぶん、そう思っていただろう。《このクルミは僕のものじゃない。これは他のツリーのフルーツだよ。》
 初心(うぶ)なツリー君! 君は知らないだろうが、これが我々の普通のやり口なんだよ、自分の物でもない物で、わが身を飾るのがね。良心の咎めも無く、往々にして、他人の汗の結晶を横取りするのさ……。
 「待って! ほうき星が!」ツリーの飾り付けがすっかり済んだところで、イェニーが叫んだ。「ほうき星を忘れてた!」
 私は脚立を使って、ツリーのてっぺんに銀の紙の星をくっ付けた。
 私たちは長いこと自分たちの作品に見惚れた。そして明日夜になるまでは、飾られたツリーを誰も見ないように、部屋の出口に鍵を掛けた。寒さと徹夜と疲労の見返りとして、母の賞賛と子供たちの喜びを目にするのを楽しみにしながら床に就いた。
 それなのに……。ああだめだ。一生懸命働いたイェニーのためにも、哀れな子供たちのためにも、アルヴィーナ夫人は涙を流してはならなかった。それなのに彼女は、その花の絨毯の上に照らされた輝くツリーを目にして、泣き出したのである!
 イブの昼食はうまく運び、最後まできちんと給仕された。プラムケーキや茹(ゆ)で栗(ぐり)を詰めたガチョウも出されたのだ! その後で、子供たちは部屋のドアの後ろに並ばされた。そこにはクリスマスツリーがそびえ立っていた。子供たちは、冷えた小さな手を合わせてお祈りの形にし、この上なく甘く愁いに満ちたコーラスを始めた。

Stille Nacht, heilige Nacht……(シュティレ・ナハト、ハイリゲ・ナハト……)
〔静(しず)けき夜、聖(きよ)らなる夜……〕*

 私自身のためではなく他者のために飾り付けたあのクリスマスツリーを、そして涙で幕を閉じたあのパーティーを、私は絶対に忘れることはないだろう。私の目から決して拭い去られぬもの、それは母の服にしがみつきながら「お父さん、お父さん!」と切なく父を求める三人の遺児たちの姿、そしてその間も、たくさんのおもちゃを身に纏(まと)いながら、花々の鏤(ちりば)められた部屋を照らし続けていた聖なるツリーの姿である。
(了)


*注:「きよしこの夜」の原詩。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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