原節子さん―小津映画と普遍、そして外国語読書

 女優の原節子さんが亡くなったというニュースが日本のみならず海外にも伝えられて、多くの報道がなされた。発表直後は、小津安二郎監督のミューズだった名女優が亡くなったという、簡単な経歴を伴った事実報道がほとんどだったが、その後も彼女の死を惜しむというか、主に小津映画の彼女の演技が持つニュアンスや意味を掘り下げるといった風な公的・個人的記事を目にするようになった。
言語的には英語はもちろんのこと、特にフランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語といったロマンス語圏の記事が多いような気がする。もちろん他の言語でも多く書かれている(なにしろ多すぎて全容は不明である)。
 あれほど「日本的過ぎて海外では理解されないだろう」と言われていた小津映画が、これほどまでに海外の多くの人に愛されているという事実。一般に言われている「芸術の普遍性」というものが実際はどういうものなのか、ということを考えさせられる現象である。
 私の、乏しいながらも続けてきた多言語読書でも、今まで心に残った作品とか表現がどういうものだったのかを考えると、実は最も感銘を受けた文章は、「簡単な言葉で、かつ全くシンプルな語り口で、誰でも知っているような事柄を、誰にも真似できないほど切実で真実味を以て描いているもの」であることに気付かされる。
 小津映画も、ストーリ―は簡単に要約できるものである。そこに描かれた真実も、理屈では誰もが分かっていることである。しかしそれを、信じがたいほどの真実味を以てそこに示したところに真の普遍性があるのだ、と思う。簡単な台詞に、何度味わっても尽きない味わいがあるのだ。世界中でそれに感銘を受けた人がいて、その映画の最も代表的な主演女優の死に、哀惜の念を表明しているのは不思議ではない。
 扱っている対象が大きな問題でなくてもよい。いやむしろ、どんな世界にも共通に存在する「人間の姿」を描くことが普遍につながるのだろう。そんな作品に出会うのは、文学でも映画でも「至福」と言ってよいのだろう。
 
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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