本棚の奥から

 本棚を掻き回していたら、ゲエズ語(古代エチオピア語)の入門書の最後に付いていた読本部分を切り取っておいたものが出て来た。
 薄い、ほんの10ページくらいの文章と、そのための簡単なグロッサリーがついている。
 ゲエズ語なんて、文法をまとめた時以来お目にかかっていないから、文法ノートも持ち出して最初の1行くらいを、意味がとれるかどうか試してみる。
 ゲエズ語はゲエズ文字という、現在ではアムハラ語などに用いられる独特の文字で書かれている。アムハラ語は音声資料の調べをしたことがあるので、かすかに記憶があるのだが、やはり文字表を見て1字1字確認しなければ分からない。しかし徐々に慣れてきて、

 そして主はモーセに歩み来て、「見よ、お前は私が行うのを見るであろう・・・」

 というふうに読めた。上に“EXODUS VI. 1-9” とあるので旧約聖書の出エジプト記6章の1節を見ると、確かにそれの翻訳である。
 こういう、地面をアリが這うような解読作業というのをしばらくしていない気がした。他にも「初期新高地ドイツ語」や「中世高地ドイツ語」「グジャラティー語」「コプト語」などの文章読解の問題が見つかった。コプト語はグロッサリーが残っていない(小さい別のグロッサリーはあるが、以前試読してあまり役にたたなかった)。他はグロッサリーも残っているので、読解練習をしようと思えばやれる。
 なかなか手が回らないけれど、こんなのもたまにはやろうか、と思う。このごろ、一生懸命やる言語とそうでない言語の差が付きすぎて、あの、未知の文字や文章が意味を放ち始める多言語学習のダイナミズムを味わうことが少なくなっている気がするもので。ただ、このごろこういった読解用のパートが無い語学入門書が多くなったな、とも感じる。「読解だけではダメ」という議論が「読解は不要」という流れになっているのだとしたら、それはちょっと問題だろう。読解もやらなければ実のある話もできるわけは無いし、語学書のそういった部分は言語の習熟のみならず、その言語の持つ文化的・社会的背景の格好の入門ともなるものである。語学書には、文化の香りも必要だと思うのは古いと言われてしまうのだろうか。それだったら、別に「古い」と言われてもかまわないけれども。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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