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トルコ語とクルド語のこと

 トルコ大使館前で殴り合いの大騒動があって、ニュースで大きく取り上げていた。
 トルコ人とクルド人の間のいざこざだと言う。
 テレビでもクルド人の解説をしていたが、国土をもたない民族だというばかりの説明で、いま一つ実感のある解説ではなかった。
 言語については何の説明もなかった。トルコ人の話すトルコ語と、クルド人の話すクルド語が、根本的に全く異なる言語だという説明くらいあってもよいのでは。
 クルド語はインド・ヨーロッパ語族中のペルシャ語派に属しているが、イランのペルシャ語とは少し離れた感じがする。クルド語文法を以前まとめた時、「ペルシャ語によく似ているな」とはあまり思わなかった(アフガニスタンのダリー語やタジキスタンのタジク語などと比べて)。確かに大枠では同一グループなのだろうな、という感じだった。それ以上のクルド語の勉強はしていないので詳しいことは言えない。文法ノートからランダムに文例を拾ってみよう。

daftar-ēk-im haya. (「私の一冊のノートがある。」=「私は一冊のノートを持っている。」)
’ama cī-ya?(「これは何ですか?」→これはペルシャ語の口語の in chi-e? に似ている。)
’agar ’awān bi-řōn man-īš da-řō-m.(「もし彼らが行くなら、私も行きます。」)

’agar(もしも)はペルシャ語と同じ。bi-řōn(彼らが行く)はペルシャ語の標準語ならbe-ravand(口語だとbe-rouanか? これは確認しきれない。ご教示いただけたら幸いである)。
bi-は接続法現在を示す接辞だが、ペルシャ語だとbe-である。よく似ている。man(私)も共通だが、-īš(〜も)はペルシャ語なら普通は-hamだろうか。
 確かに細かく見比べるとかなり似ているような気もしてきた。しかし初めて見た時にあまりそうは感じなかったのは、やはりペルシャ語からは微妙に離れた言語だということかもしれない。話して通じるのだろうか。アフガニスタンのパシュトー語よりはペルシャ語に近いとは思うが。私の勉強不足でこれ以上のことは言えない。

 一方トルコ語はチュルク諸語の一つだから、組み立てはむしろ日本語に近い(Ben İstanbuldan Tokyoya gidiyorum.「私は〔ben〕イスタンブール(İstanbul)から(-dan)東京〔Tokyo〕へ〔-ya〕行きます〔gidiyorum〕。」)。 そしてチュルク諸語はその広いエリア内で、中国西部に至るまでかなり相互に似通っているグループである。クルド語とは組み立ても語彙も全然違う。
 本来別の国家公用語であっても不思議はないこの2つが、歴史的経緯もあって国内に同居せざるを得ないというのは、紛争の唯一とは言えなくとも、やはり大きな要因の一つではあるだろう。
 とはいうものの、異なる言語の民族が対立して暴力に訴える、という構図は有史以来もうさんざん繰り返されてきたものである。人類はいまだにこの問題に答えを見つけられないでいる。政治・宗教・経済も難問山積だが、言語もそれに劣らず難物であり続けているのだ。
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No title

クルド語についてはわざわざ調べる気力がなかったので、蒙を啓かれた思いです。インド・イラニアンであれば地理的関係からもペルシア語に近いことは容易に推察できますが、今までそこに思い至らなかったのです。
あのあたりは宗教・民族・言語の違う人たちが混じり合って生きているようですが、むしろオスマントルコ時代のほうが多民族共生はうまく行っていたのではないかと思ってしまいます。
フセイン時代のイラクのようなものだったかもしれませんが。

No title

書き忘れたことを言いますと、文中のda-という接辞は直説法現在の指標で、これがペルシャ語だとmī-なのです。
直説法現在の指標が全く違う、というのは、異なった印象を与える原因の一つかもしれません。
言語が「似ている」か、「似ていない」か、というのは難しい問題ですが、まあここでは気楽に判断して書いています。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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