多言語読書 日本語も外国語も

 現在イタリア語にまた力をいれているところだが、多言語学習に疲れてくるとやはりふと日本語が読みたくなる。日本人だから当然だろう。
 そんな時は古典を読む。まとまったものを読む時間が無ければ和歌集などをぱらぱらと読む。歌の意味が判然としなくてもその響きだけで心癒される気がする。
 『新古今和歌集』を眺めていたら、西行法師の歌、

 年たけてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけりさ夜の中山

 が目に留まる。静岡の難所「小夜の中山」を、晩年に至って再び越えることができた(そこまで無事生きられた)喜びを詠ったものだという。「いのちなりけりさ夜の中山」という句が印象的だが、私はその前の「思ひきや」という言い回しに惹かれる。
 これで思い出すのは『伊勢物語』中の在原業平の歌、

 忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは

 である。これは在原業平が昔親しく仕えていた惟喬(これたか)親王が藤原氏に排斥されて比叡山の麓、雪深い小野の地に隠棲していたのを、業平が久方ぶりに訪れ、帰り際に嘆いて詠んだ歌なのだという。
 この「思ひきや」に籠められた万感の思い。こんな簡単な言い回しが、他の表現では決して表せない痛切な感情を私たちに語りかけてくる。現代日本語に訳しても伝わらないのである。
 こういう表現を、外国語でも味わえないか。そんなところに多言語読書の目的はある。その言語の、その表現でしか表せない感情・情緒。それこそが目的である。
 しかしこれは大変困難な道でもある。一生懸命勉強しても一度も巡り会わないかもしれない。巡り会うためには、やはりある程度重点を置く言語を考えなくてはならない。自分にとってはまずはイタリア語である。英語は触れる機会が多いからともかくとして、その他の言語については、幸運を祈るしかない。幸い、いくつか心に残る表現には出会っているので、これからもそれを期待するとしよう。
 もちろん日本語は母語であるから、今後もこのような出会いがあることを信じている。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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