なぜ学んでいるのだろう

 なかなか更新もままならないほど色々なことに追いまくられているのだけれど、言語のヴァリエーションはそれほどでもないので、ある意味フラストレーションは溜まる。
 「浅く広く」と「深く狭く」とは当然のことながら二律背反で、その間をいつも迷いながら学習している。「深く広く」できたらよいのだが、それは無理だから、いったいどこを「深く」掘り下げ、どこを「広く」博捜するのか、一体自分は何を求めているのかを考えながら舵取りをしている。もう60歳を過ぎたのだから、何かまとまった成果(自分にとっての)を得たいとも思うし、かといってこのまま言語の流浪の旅を続けることにも惹かれているのである。
 他人から見たら訳のわからないことをしているのだろう、というのは分かっているのだが、もう引くことはできないだろう。諸言語の織りなす広い森(海とも、またもっと大きく言えば宇宙と呼んでもよいが)を見てしまったら、もとの小さな世界に引っ込むことはできないのである。
 今、旅行用の3カ国語会話を一生懸命勉強しているのも、一度こういう経験をして、言語の集中学習の方法を身を以て体験し、言語の「捕まえ方」みたいなものを感じ取れないかという期待を持っているからである。もしそれが感じ取れたら、今後の言語観にも少しは影響があるだろう。失敗したら、それなりの感慨も得られるだろう(言語の巨大さと自分の小ささ、のような実感として)。それはそれで、やらなければ分からない真実だろうと思うのである。
 結局は自分の好奇心を満足させるために、言語と対し続けるのだろうな、と考えたりしている。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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