ヘルマン・ヘッセ『雲』

ドイツの作家、ヘルマン・ヘッセの『雲』(Wolken)という
詩と詩的随筆を収めた作品を原文で読んでいるのだが、
その中に「フェーン」(Föhn)という一篇があり、感銘を受けた。
フェーンというのは「フェーン現象」のフェーンである。
もともとはヨーロッパアルプスを越えて吹き降ろしてくる南風を言う。

Am Ende jedes Winters kam der Föhn mit seinem tieftönigen Gebrause, das der Älpler mit Zittern und Entsetzen hört und nach welchem er in der Fremde mit verzehrendem Heimweh dürstet.
「毎年冬が終わるころにフェーンがやって来て、その低く鳴り響く音をアルプスっ子は震えと驚きを持って聞くが、異国にあっては、身をさいなむような郷愁を持ってその音を渇望するのである。」(井上訳。下も同)

という一節から始まり、フェーンのもたらす恐れを、特に幼年時代の記憶を描写する。
そして、次のような文章で結ぶのである。
「それからフェーンが衰えて、汚れた雪崩の残り雪も溶け去ると、この上なく素晴らしい季節が訪れる。その時、山は麓から山上に向かって一面に、花で飾られた、黄色味がかった敷物に覆われて行き、雪の峰と氷河はその上部は清らかにして浄福に満ち、湖は青くまた暖かく、太陽と流れる雲を映し出している。
 これら全てのものは、すでに幼少時代を満たしているが、いざとなれば、一生を満たすことすらあり得る。何故ならこれらのものは、声高く、そして絶え間なく、神の言葉を語るからである。人の口の端に上ったことのない神の言葉を。それを幼くして聞いた者には、その後も長い間、その言葉が鳴り響く。甘く、強く、恐ろしくそれは鳴り響き、その魔力から彼は逃れることができないのである。」

ヘッセの言葉には、永遠が籠められている。外国語読書の喜びはここに極まる。

『雲』は、美しい雲の写真も収められた素晴らしい本である。やはり、紙の本で、ゆっくり読みたいものである。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Gertrud

たしか、Gertrudの冒頭でもフェーンのことが出てきたと
思います。ヘッセにとって、重要なモチーフなのでしょう。

日本の法律ではあと2年でヘッセの著作権が切れるの
ですね。でも日本ではもう復活しないような気もします。

U先生の最終講義の記事を探してここに来ました。
楽しんで読ませていただいてます。

ヘルマン・ヘッセ『雲』

ありがとうございます。
ヘッセについては、実は門外漢で
たまたまよさそうな本だったので、
手に取った、というのが正直なところですが、
自分の肌に合う作風を探し出す嗅覚には
少々自信があるのです。
ヘッセは、予想以上にすばらしいと感じました。
特に老年を扱ったものが。
翻訳も出ていますが、やはり原文で読みたいのです。
たくさん読むより、少しでもいいから、深く感じ取りたいというのが、
少々偏頗な私のモットーなものですから。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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