共通文法カテゴリーの苦心

 中国の湖北省・湖南省に住むトゥチャ族の言語「土家語」の文法を今纏めているところだが、動詞にまつわる表現で少し迷っている。
 私は多言語学習において、「共通文法カテゴリー」という方式を使って文法を纏めているのだが、これは英文法の枠組みにバリエーションを付けた、「言語を共通方式でまとめる」ための大まかな文法分類のベースである。
 言語は色々な(時には思いもかけない)振る舞いをするものだから、当然このやり方には無理がある。それを承知でいささか強引にそれを設定するのは、多数の言語を比べる際に、基準がまちまちだと比較が難しく、また多数の言語の文法の一々を覚えていられるものではないので、ふと「あの言語ではこういう時どういう表現をするんだったっけ?」という時に、文法範疇の概念からもう一度浚うというのは非効率的で面倒だ、という理由によるのである。
 だから、各文法書がその言語だけを対象に「合理的」な文法分類・用語を設定していても、わざわざそれを自分用の文法カテゴリーに配置し直す。文法を翻訳するわけである。もちろん、重要な点は別枠に注意書きとして記述はしておく。例えば「この言語は過去・現在・未来といった時制よりも、完了・未完了といった「相」を基本としている。」といったような。しかしそれを記述しておいた上で、あえて過去・現在・未来を表す表現においてその言語がどのような相をあてはめるのか、を書いておくのである。そうすれば、後日文法を忘れてしまっていても、「この場合この言語はどう振舞うか」を簡単に調べることができる。
 こういう作業を行っていると、文法というものがいかに曖昧な概念の上に立っているか、ということを痛感する。例えばある言語においては、動詞と形容詞の境界が曖昧であり、形容詞というものが、「~な状態にある」という意味の動詞であり、「美しい花」という表現は「美しくあるところの花」という動詞の分詞形(連体形)にすぎない、というような現象に突き当たる。この時、「形容詞とはそもそも何なのだ」という疑問を抱くわけである。中国語でも「大」という語は「大きい」「大きくなる」「大きさ」「大いに」などと、文法範疇を飛び越えてさまざまな用いられ方をする。
 かといって、文法範疇が無駄か、といえばそうではない。暴れる馬を制御し、カオスに秩序をもたらすためには文法による分類は必要不可欠である。しかし馬の種類によって、その道具が異なってくるということなのである。その個々の道具の分類・整理が「共通文法カテゴリー」の仕事、ということになる。厳密すぎては収拾がつかなくなり、大雑把では掬い取れない現象が頻発する。
 長々と「共通文法カテゴリー」について述べたのは、土家語を纏めていると、動詞の表現に細かな分類がなされていて、それを見ているうちに「助動詞とは何なのか?」という疑問が浮かんだからである。
「土家语简志」というこの文法書には、動詞の「時貌」として4種類あげられており、それは「将行体」「即行体」「進行体」「完成体」とある。後の二つは時制や相に関わるものと見ても良いだろうが、最初の二つは微妙である。「将行体」は未来時制に似ているが、その内部分類は細かく、「(いずれ)~するだろう」といったニュアンスから「もうすぐ~するだろう」「すぐにも~するだろう」といったような意味分類による形式が示されている。それが動詞自体にある母音を付ける形のもの、あるいはそれにさらに別の語を後置するもの、などの違いがある。
 「即行体」はさらにニュアンスが助動詞的で、「まもなく~しようとしている」「ただちに~しようとしている」「今すぐ~する」などの別が、これは動詞本体は不変のまま別語を後置するだけという、助動詞表現に分類したくなる形式で表されている。
 こういうものは、分類に苦慮する。英語の「be about to」とか「be on the verge of ~ing」とかいう表現は、時制表現に属するのか、助動詞的表現と解釈すべきか?
 私はとりあえず時制表現の後ろに「時制的ニュアンスを表す表現」という項目を設定してそこに押し込め、助動詞とは別扱いしたが、それが正解かどうかは分からない。例外的項目は増やしたくはないが、時としてやむをえないことがある。

 多言語学習をしていると、こういった根本的問題に突き当たる。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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