言語学者は変人なのか?

周防正行監督の『舞妓はレディ』という新作映画を見に行った。
 これはどうも、名作映画『マイ・フェア・レディ』を下敷きにしているらしい。
 従って、主人公の訛りを徹底的に矯正する言語学者がこちらにも登場する。ヒギンズ教授ではなく、京野法嗣(長谷川博己)という大学教授。
 言語学者というのは、どうも変人だというイメージで見られがちである。数年前の『舟を編む』でも、主人公は言語学科出身で変人という設定だったし、私などは言語学者は学者の中でも常識人に近いほうではないかと思っているので意外なのだが、どうも世間ではそうではないらしい。
 誰でも言葉には興味を持っている(だろう)が、言葉の仕組みそのものに興味を持つと変人になってしまう。言葉はあくまでそれが示す意味そのものであって、それを支える発音や文法構造などに興味を示すのは変わり者だ、ということなのだろうか。
 映画の中の先生が、どこの方言でも自在に操れる、という設定になっているのも一種のファンタジーである。方言研究に携わる研究者たちは苦笑するしかないのではないだろうか。そんなに言語を自在に操る才能があったら、言語学者ではなく、天才通訳者になって稼いでいるだろう(方言と外国語の違いはあるけれども、パーフェクトに操る、となればさほど違わないだろうと思う。むしろ方言の方が、聞く側の要求は厳しいだろう)。これは言語学者の能力が足りないと言っているのではなく、一言語に通暁することが(たとえ方言といえども)いかに困難であるかを、言語学者ならばみな骨身に染みて知っているだろうと思うからである。それを知っているからこそ、記録を積み重ね、分析を積み重ねて研究しているのである(と、私は想像する)。
 学者(特に内容が想像しにくい分野の)自体が、一種の魔法使いか何かのようであって欲しい、という人々の潜在的な願望なのかもしれない。
 私は学者ではないので、他人事のようにただ映画を楽しんでいるわけだけれど。
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映画の感想

私も見てきました。「マイ・フェア・レディ」を知っていると思わず爆笑するようなシーンがつぎつぎに出てきました。

言語学者に変人が多いかどうかはちょっと分かりません。言語学科の4人の先生はみんなまともだったと思いますが。
研究者一般だったら確かに世間の基準からちょっとはずれた人はときどきいるとは思います。

あの映画、ミュージカルなのに音楽が弱いのはちょっと悲しいと思いました。本家本元のほうはアンドレ・プレヴィンなので相手が悪いことは確かですが。

そうですね。

確かに音楽の印象は少し薄かったかもしれません。
でもこういう映画を作ろうという心意気は嬉しいと思いました。
言語学者を主人公にした映画、というのも一つくらいあってもいいかもしれませんね。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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