買わなかった文法書

仕事中、「トンガ語って調べられますか?」
と訊かれた。
「トンガ語かあ、辞書もないし、やったことないなあ。」
残念ながらそう答えざるを得なかった。
残念、というのは単なる言い回しではない。
実はトンガ語の文法書を買おうとしたことがあった。
ある日、私は神田神保町にあったアジア諸国の原書を扱う書店で
棚を睨んだまま動けずにいた。
その英文で書かれた文法書を
買うべきか、買わざるべきか。
5000円以上したと思う。
お金が無かった。
これを買うと、あとがとても辛い。
「無理だ。」と思った。あきらめた。
その後二度とその本は目にしなかった。
「縁がなかったんだ。」と自分を納得させていた。
あらゆる言語を学ぶなどできるわけはない。
縁がなかった、と思わなければ
実際、きりがないのだ。
だが、今になって、トンガ語という言葉を聞いて感じる
この痛みはなんだろう。
あの時あの本を買っていれば、
私はトンガ人の心の一端を覗くことができたかもしれない。
その可能性をあの時断ち切ったのだ。
仕事で役に立つかどうか、ということより、
世界の豊かさを自分から締め出してしまったようで、
なんだか悔やまれてならない。
これから縁があることを祈るしかない。
(実は、そのあと、トンガ語の例文が少しだけ載っている本を
持っていたことに気づいて、その本を貸した。
まだ皮一枚、縁がつながっているのだろうか。)
学生時代に絶滅したタスマニア語について書かれた
高価な洋書をただ指をくわえて見ていたことも思い出される。
何でこんなにお金がかかるのだろうな、語学は。
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テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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