シボ語・中国語、そしてマンネリズムの必要性

『日本語の隣人たちⅡ』は、オイラート・モンゴル語からシボ語(シベ語)へと移る。シボ語はすでに文法はまとめてあるが、こういう少数言語の場合厄介なのは、標準語というものが無いので、学習書によって文字表記などが微妙に違うことである。だから今回も以前の文法書とは若干違う個所が出て来る。
 このあたりの着地点の見つけ方には、言語学、なかんずく音声学の知識が有効である。ある意味、腕の見せ所(誰に見せるわけでもないが)である。
 シボ語は満州語の末裔と言われる言語であるが、今は中国の東北部(旧満州)では話されていないとのことである。清の時代に国境警備のため、現在の新疆ウイグル自治区へ移住させられたシボ族の子孫が、当地で今もシボ語を話している。大国の都合で振りまわされる少数民族の歴史がここにもある。
 シボ語は膠着語で、
 duŋjiŋe -deri  ji-xei.(東京から来ました。)
(duŋjiŋe「東京」、-deri「〜から」、ji「来る」、-xei「〜した」)
 のように、大きな構造としては日本語に近い。しかし、語彙は共通するものが感じられないので、覚えるのは楽ではないだろう。もっとも新疆ウイグル自治区に行かなければ話すことも適わないので、必要性はまず無いのであるが。

 その一方の大国の言語、中国語については、最近触れる機会があまり無いのだけれども、ここ2、3年、4文字熟語の暗記という地味な作業を延々と続けている。4文字熟語を1000種類集めた本から、その熟語と例文を書き抜いて(これ自体1年くらいかかった)、ひたすら通勤電車で赤線青線等を引き、受験生のように暗記している。
マンネリズムというのは悪い事のように言われるけれども、語学の基本はあまり変わらないものなので、むしろマンネリズムに耐えて「素振り」を繰り返すような作業も必要となる。多言語学習全体においても、応用編(話す・読む・書くなど)と基本編(マンネリズム的繰り返し作業)とを適当に混ぜることも大切である。すべてを応用編に出来るほど習熟するには、人間は100年も200年も生きなくてはならないだろう(フルに活動できる状態で)。マンネリズムを楽しむ気持も重要、ということである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード