さらにダルマチア語を読む 2

 ウダイナの話を続けて聞こう。

「スラヴ語(ここではクロアチア語のことか)は、この島(クルク島=イタリア語でヴェッリア島、ダルマチア語ではvikla ヴィクラ、とWikipediaなどには記されているがこれは本来「町、村」の意。島を指す名前でウダイナが使っているかどうか、今現在はっきりしない。)の学校では習わなかったな。17歳になると、親父はわしをヴェルベニク(島内の町ヴルブニク)へ、服を編むための羊毛を届けに行かせた。それを届けた家には娘たちが、三人姉妹がおった。母親と父親、三人姉妹と息子が一人だった。」

「彼らは皆スラヴ語で話した。わしはイタリア語で。わしはスラヴ語では何も分らなかったが、フラーナという娘──彼女はいまも生きているが──が、こう言うんじゃ。「こんなふうに話しなさいよ、私たちみたいに」ってな。だがわしはスラヴ語じゃ話せないんだと答えたら、ここに住みなさいよ、わたしがあなたにスラヴ語で何でも話せるように教えてあげる、と彼女は言うんじゃ。」

それから以下のような事態となる。

el mi tuota e-l su fero d-akuard ke furme el matrimoŋ nojiltri doi …
(わしの親父と彼女の父親が、わしら二人を結婚させることで意見が一致したんじゃ。)

それから彼は、20回以上もヴェルベニクへ通う。父親たちはとても喜んでいた。しかし、ウダイナは困っていた。なぜならそこの地元の若者たちが、ウダイナが娘と婚約すると知って彼に石を投げつけ殺すのではないかと恐れていたのだ。自分は余所者で知り合いの仲間も一人もいないのだ。

 E kosaik ju jai piers la ninapta per kualp de koli troki, ma ju jai inparut la skol di slav, toč!
(こうしてわしは、その若い衆のせいで嫁さんを失ったんじゃ。しかしスラヴ語のレッスンは学んだ。全部な。)

真実の所はどうだったのだろう。地元の若い連中に嫉妬され命を狙われる、ということは本当なのだろうか。当時の状況は分らないし、ウダイナの話もどこまで本当なのか分らない。しかし大筋が真実だとすると、その婚約を解消された娘フラーナの気持はどうだったのだろうと同情したい気持ちも湧いてくる。
だが年をとってからも彼女の消息は知っているのだから、ウダイナにとっても決して忘れられない人ではあったのだろう。スラヴ語の知識と引き換えにした、みたいな口調にも、一種の羞恥心と後悔のようなものを感じるのは、私が現代の人間だからだろうか。けれども、スラヴ語の知識は彼女から得たものだから、それを話すことはある意味、ずっと彼女が寄り添っているような感覚をウダイナにもたらしたのかもしれない。ちょっとロマンティストすぎる感想だろうか。
ともかく、ウダイナはスラヴ系の娘と一緒にはならず、それゆえダルマチア語の最終話者としてバルトーリの目にとまる成り行きになったのかもしれない。

言語のみならず、人間ドラマとしても興味を引かれる話ではある。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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