「象は鼻が長い」を絵にすると

先日お話ししたU先生の持論に、
「ある方言のアクセントの、まだ解明されていない規則は
必ず簡明で美しいものであるはずだ」というものがある。
(文言はこのとおりではないかもしれないが。)
私は、他の言語現象の解明にも、
基本的にこのような考えで臨むべきではないかと考えている。
たとえば、良く論じられる日本語の「は」と「が」の用法。
あまりにもさまざまな論があり、結局は簡単に説明できない。
私も結論めいたものを提示することはできないが、
ちょっと考えたことがあるので、ここで述べてみたい。
「象は鼻が長い」というのは
よく引き合いに出される例文だけれども、
これを感覚的に理解する方法。
それは、この文を絵にしてみる、というものだ。
それはこういう絵である。
画面一杯に(端ぎりぎりまで使って)描かれた象の絵。
その象の鼻の部分にスポットライトが当たっている。
これで、「は」と「が」の機能を理解できる。
絵には、「象」しかいない。
「虎」も「熊」も「牛」もいない。
象だけがこの絵の主人公だ。
これは、主題を限定し、それに関する話のみをする、という、
「話題限定」の機能をはたす。「は」の用法である。
一方、絵のなかには象の「目」も「耳」も「足」も描いてある。
しかし、それらをさしおいて、「鼻」に光が当てられている。
これは、他の物を意識しながらもあえて一つのものを選び出す、
「選択」の意志を示す。「が」の用法である。
「は」を話題限定格、「が」を選別格、としてもいいかもしれない。
映画のカメラワークで言えば、「は」はクローズアップ(そのものだけを大写しにする)、
「が」はパンで引いた状態で、
ある物だけにピントがシャープに合っている(他の物も判別できる程度のボケで済んでいる)感じ。
もちろんこれだけで全てが説明できるわけではないが、
感覚的には理解しやすいのではないか。
文法はなるべく簡明な原理を示して欲しい、というのは万人の希望であろう。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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