三人姉妹

行きの通勤電車で、チェーホフの「三人姉妹」を読み始める。
少し前からぽつぽつ読んでいたのだが、
やっと平日のメニューに入れることになった。
今日読んだところで、三人姉妹の一人マーシャが、
陸軍中佐のヴェルシーニンに向かって、
У вас были тогда усы... О, как вы постарели!...Как вы постарели!
(あの頃はあなたは髭を生やしてらしたわ・・・ああ、なんて歳をとられたんでしょう
あなたは、なんて歳をとられたんでしょう!)
と言うところがあり、そして妹のイリーナがすこしして、
...Ну что ты, Маша, плачешь, чулачка...(Сквозь слеза) И я заплачу...
(・・・どうしたの、マーシャ、泣いたりして・・・(涙ぐんで)私も、泣いてしまうわ。)
と言うくだりがあって、胸を衝かれた。
別にどうということはない、娘たちの感傷だ、と言えないこともない。
しかし、チェーホフの言葉遣いが素晴しいのだ。娘たちの心根が素直に伝わってくる。
これは原文で読んだからかもしれない。
постарели(歳をとった)заплачу(私は泣き出す)
という、なにげない2語が効いている。
これから先、どういう文章に触れられるか、楽しみだ。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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原語で読むということ

外国の小説を読む場合、多くの人は日本語訳で読むことになりますが、若い頃から「原語ではない」ことに違和感を感じてきました。翻訳はすでに翻訳者の作品に変化しているように感じられ、たとえ的確に訳せていても、本物ではないような気分がします。それでも、原語で読むところまで勉強するのはなかなかたいへんなので、井上さんがうらやましいです。
原語で読む場合も、原語に対する習熟度で味わえる度合いがかなり違うことでしょう。やっと意味が取れるぐらいの段階では、話の内容はわかっても味わうには程遠いですが、長く付き合ってきた言語ならかなり深いところまで味わえるに違いありません。
それとは別に、発音した時の「音」が好きな言語は、読んだときの感動が深いように感じます。私はどの言語でも、ほとんど断片的なものしか読んだことがありませんが、大して得意でもないドイツ語や、まだ入門したばかりのロシア語の文に惹かれるものを感じるのは、発音への共感があるように思います。たとえ黙読であっても。

ちょっとずつでも

とても深い感受性をお持ちだと思います。
その通りです。音も重要な要素ですね。
こればかりは天才的な翻訳者でも
伝えられないでしょう。
ですから、ちょっとずつでも、原語で読んでいけば
必ず得られるものがある筈です。
私だって、亀かカタツムリの歩みです。
でもそれが楽しいんです。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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