同じ言語の違う文法

同一の言語の文法を再度やり直さなくてはならない、というケースが時折ある。
どういうことかというと、以下のようなケースだ。
①以前学習した文法書が簡略すぎたり、記述が雑だったりした場合、新しく良い文法書が出版された時に再度纏めなおす。
②古い文法書しかなく、それが文語や古めかしい用法だらけだった時、新たに現代口語を扱う文法書が出た場合。
③同一言語とされながらヴァリアントが複数あり、そのうち未修の方のヴァリアントの文法が出た場合。

①は出版事情や筆者の力などに左右されるケース。腹立たしいこともあるが、運の問題でもありやむを得ない。最近はネットで出版情報が拾えるから、以前よりも無駄は少なくなっているだろう。逆に、最初に出会った文法書が精緻すぎて手に負えず、後からもう少しコンパクトなものを学習する、ということもあるかと思う。
②はインドの言語などのように、植民地時代の文法書のリプリント版で勉強するしかなかった場合などがあてはまるだろう。また、ウェールズ語も、最初にやったのが、後から思えば文語を扱ったもので、後に口語の文法をやりなおした、などということもあった。
③は例えばノルウェー語のbokmålとnynorskのように、公用語が2形式ある、という場合など。別の言語の文法をやるのだ、と考えてもよいが微妙なところ。セルボ・クロアチア語のように、後に(本来通りに)セルビア語とクロアチア語に分離した場合なども場合によってはやり直すこともあり得よう(私は特別やってはいませんが)。チェコ語とスロヴァキア語も同様。ルーマニア語と旧ソ連のモルドバ語は、本来同一言語の2方言と考えるべきだが、ソ連時代はモルドバ語はキリル文字を使い、別言語のような観を呈していた。

などなど、多言語学習もすっきりとはいかないことが多い。世界も政治も出版も変化するわけで。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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