古代エジプト語・日本語・文字表記

古代エジプトのヒエログリフ解読の簡単な練習問題をやっているのだが、
正直、この文字は、普通の意味で「読む」ことはできないものだ、と思う。
一般に象形文字は「意味内容を文字にしたもの」のように解釈されているが、
現実にはそんな単純なものではなく、
単音を表す文字、2つの音、3つの音を表す文字、読まずに意味のカテゴリーを示す文字、
その他雑多な機能を有する文字、と色々あって、
正直、一見してさっと発音できて意味が了解できるという、
簡単なものではない。
そもそも、ヒエログリフには、単音表記の母音文字以外には、母音を示す表記が存在せず、
それ以外の母音が確定できない、という決定的な問題がある。
これは現代のアラビア文字なども同様で、
要するに、「肝心な音だけ文字で示せば、あとは話している通りに発音すればよい」という姿勢である。
これはこれで、経済的ではある。その言語が話されている限りでは。
しかし、古代エジプト語のように、もはやその末裔言語までが残っていない場合、
この経済性が仇(あだ)となる。
音が完全には復元できないのである。
だから、ヒエログリフを読むのに母音が無いと困るときは、
とりあえず[e]を挿入・添加する、ということになっているらしい。
そんなに読めないものがどうして研究できるかというと、
近代エジプト語であるコプト語の資料が残っているからである。
コプト語はキリスト教の流れを汲むコプト教の文献や典礼に用いられたので、
比較的資料が豊富らしい。
これで、ある程度の推測が成り立つのであろう。
コプト語は、ギリシャ文字を基礎にしたコプト文字を使う。
当然母音も記されている。この音声文字が、古代エジプト語の研究を助けたのである。
翻って、日本語はどうか。
仮に、日本語の話者が滅んでしまった遠い未来を想像してみよう。
ある日、日本語の文献が発見される。高度な文化を持った文明らしい。
だが解読は困難を極める。
ひらがな、カタカナは、すぐに音価が確定できた。他国の文献に日本語の記述があり、
それとテキスト中の表記を照らし合わせて、判明する。
漢字も、一部は確定した。中国語がまだ生き残っており、その古い音をあてはめれば、ほぼ分かる。
しかし、漢字を日本語の読みに使った「訓読み」、さらに「当て字」の確定は困難を極める。
漢字の意味と、それに対応する日本語の語彙を集めた対照辞書が編まれる。
それを使って、テキスト中の読みを確定していく。
しかし、「送りがな」という、読み方の確定に重要な表記が一定しない。
結局、長年の修練を積んだ学者だけが、かろうじて解読できるといった状態。
日本文化というものがどういうものだったのか、人々が知るには長い年月が必要だろう。
ましてや、それらを直接味読するなど、よほど特殊な境遇でもない限り、不可能だろう。

日本語のアルファベット表記、というのは愚論としていまや葬り去られた感がある。
私もそれに同調しているわけではないが、上のように考えると、
日本人も読むのに難渋するような表記、というのははたして日本語・日本文化にとってどうなのか、
という懸念も無くはないのである。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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