ルイジ・ピランデッロ「飛び跳ねる馬」(La Rallegrata) 2

  ネーロはあらゆる手を使って、フォーフォに、聞きたくないんだということを示そうとしたが、無駄だった。フォーフォはますます嵩(かさ)にかかってくるのだった。
  それはネーロにいやがらせをするためだった。
  「俺たちがどこにいるか、知ってるか? 奇妙な形の丈の高い車を引くんだ。その車には天を支える四本の円柱が付いていて、縁飾りや掛け布、金箔でおおわれている。つまり豪華な大型馬車さ。だが無駄な贅沢品とは思わんでくれ。贅沢品なんだけどな、中に誰も乗らんのだから。 
   御者だけが、神妙に、御者台に坐って。 
   静かに、ひたすらゆっくりと進む。お前が汗をかいたり、体をこすられたりする心配はない。御者も鞭を当てないし、別の方法で、急げとせかすこともないんだ! 
   静かに──静かに──静かに。 
   目的地には、いつも時間通りに着く。 
   そこに着いた馬車は──俺にはよく分かるが──人間たちにとっては、特別な崇拝の対象であるに違いない。
   さっき言ったように、その上に乗り込もうとする人間はいない。皆、その馬車が或る家の前に止まっているのを見ると、怯えたような、むっつりとした顔をして眺めているだけさ。何人かが蝋燭に火を灯して持って来て、俺たちが動き始めるや、大勢で声を立てずに後ろから馬車について来るんだ。
   俺たちの前に楽隊がいることも多い。はらわたが地面に落ちそうになるような音楽を、奏でる楽隊がな。
   よく聞けよ、お前には洟水を飛ばしたり、頭を動かしすぎる悪い癖がある。で、こういう癖は無くさなきゃならん。意味もなく洟水を飛ばしたり、ふらふら揺れたりするのはご法度だ。かすかに尻尾を振るのを許してもらうだけで御(おん)の字だ。
   なぜなら俺たちが曳く馬車は、もう一度言うが、とても尊敬されているんだからな。誰もかれも、俺たちが通るのを目にすると、脱帽するんだぞ。
   搬送ってどういうことなのか、俺がどうやって知ったと思う? こういうことで知ったんだ。
   二年ほど前、俺は天蓋付きの馬車を、いつもの目的地の柵の前に止めて、じっと立っていた。
   その大きな柵ときたら! 柵の内側には黒々とした木がたくさん聳えて、二列になってどこまでも延びていて、あちこちに緑の草地があって、青々とした美しい草がたっぷり無駄に繁っていた。というのは、通り過ぎながら食べようと口をそちらに伸ばそうものなら、ひどい目に遭ったからな。
    まあそれはいいとして、そこに立ってると、連隊勤務時代の俺の古い仲間が、哀れにもへとへとになって近づいて来た。鉄具のついた四輪馬車、長くて低くて、バネの付いてないタイプの馬車だが、そいつを引っ張って来たんだな。 
   奴が言うには、
   ──見えるかい? ああ、フォーフォ、もう我慢できないよ!
   ──何の仕事だ?──俺は訊く。
   ──日がな一日、木の箱を運ぶんだ、搬送事務所から税関まで。
   ──木箱?──と、俺。──何の木箱だ?
   ──重いんだ!──奴は言う。──搬送する物がぎっしりつまった木箱さ。
   それで、はっきり分かったのさ。
   なぜなら、こういうとても長い木箱を、俺たちも運ぶんだからな。その木箱は静かに(いつだって、全て、静かにさ。)俺たちの馬車の後ろ側に積まれる。この作業をしている間、周りの人々は皆帽子を取って、茫然としたまま立っている。何故だかは分からん! だがきっと、俺たちも木箱に関わる仕事をするんだとすると、それは搬送に違いない、そう思わんか?
   その木箱には、一体何が入っているんだろうなあ? 重いだなんて、信じるな。幸いなことに、一回に一つしか運ばないんだ。
   搬送する物か、なるほど。でもどういう物だか、俺には分からん。とても重要な物らしい。なにしろ搬送がこんなに盛大に、たくさんの行列を従えて行なわれるんだからな。
   或る所まで行くと、俺たちはふつう(いつもではないが)、厳めしい建物の前で止まる。おそらく搬送のための税関事務所だろうな。表門から、黒いスカートを穿き上着のシャツを着た何人かの男たちが進んで来る(たぶん、税関吏だろう)。木箱は馬車から引き出される。皆が再び脱帽する。そして税関吏たちが木箱に通行許可の印をつけるんだ。
   俺たちの搬送するこの貴重な物が──この木箱だがな──みんなどこへ行ってしまうのか、まだ俺にも分からない。だが俺は疑っているんだ、人間たちにもそれはよく分かっていないんじゃないかってな。そうやって自分を慰めるのさ。
   本当に、木箱の華麗さと行列の厳粛さのせいで、人間たちはこういう搬送について何かを知ってるんだろうと推測してしまうんだが、連中の様子を見ると、ためらいがあったり途方に暮れたりしている。そして奴らと共にしてきた慣習から、俺は経験則を引き出したんだ。人間はいろんなことをするけどな、どうしてそうするのか、奴らにはさっぱり分かっちゃいないってことさ。」

(つづく)
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井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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