ルイジ・ピランデッロ「飛び跳ねる馬」(La Rallegrata) 1

ルイジ・ピランデッロの短編「ラ・ラッレグラータ」(La Rallegrata)を訳します。
これも『一年間の物語』中の短編です。
rallegrataというのは、馬が興奮して飛び跳ねたり、棹立ちになったりすることを言います。
邦題は「飛び跳ねる馬」としました。
私が初めてイタリア語の原書を読んだ、その記念すべき(私にとって)一篇です。
これが素晴らしい作品だったので、イタリア文学に魅かれるきっかけとなりました。

三回に分けて訳します。今回はその一回目。



飛び跳ねる馬(La Rallegrata)

ルイジ・ピランデッロ 著
井上孝夫 訳 


  厩舎長が行ってしまうと、いつにもまして口汚く罵りながら、フォーフォは秣(まぐさ)の食事仲間である新参者ネーロの方を向いて、嘆息した。
  「分った! 飾り馬具に飾り結び、羽毛の房。幸先いいな、お前、今日は上客だぞ。」
  ネーロは別の方向に頭を向けた。洟水(はなみず)を吹き飛ばしたくなかった。行儀の良い馬なのだ。でもこのフォーフォを信用する気はなかった。
  ネーロは王子の厩舎からやって来たのだ。あそこでは壁に自分の姿を映して見ることができた。ブナの木製の飼い葉桶があちこちにあり、真鍮製の金輪、革を挟んで貼り込んだ仕切り壁、煌めく球飾りのついた円柱があった。
ああ何てことだ!
  若い王子は、今やあのやかましい車に夢中で、その車と言ったら──失礼、臭いにおいがして──その上、後ろに煙を残して馬なしで走るのだ。王子と来たら、すでに三度も首を折りそうな危険を冒したのにも懲りず、年老いた女王が中風に倒れるとすぐに(女王はこの悪魔のような車のことなど、おお女王に祝福あれ! 知りたいと思っていなかった)、ネーロのみならず、母親の静かなランドー馬車のために厩舎に残っていたコルビーノまでも、さっさとお払い箱にしたのだ。
  かわいそうなコルビーノ、一体どこに消えたのだろう、長い間誉れ高き務めを果たしたというのに!
  年老いた御者、善良なジュセッペは約束してくれた。今や永久に安楽椅子に追いやられた女王様の御手(みて)に接吻するため、他の老僕たちと共に参上し、彼らのために口を利いて頂こうというのだ。
  だがしかし! 善良な老人がやがて戻って来て、彼らの首や脇腹を撫でたその様子から、両者共に悟ったのだった。すべての希望は潰え、彼らの運命は定まったのだと。彼らは売り払われるのだろうと。
 そして実際に……。
  ネーロはまだ、どこに来たのか分からなかった。ひどい所かというと、そうでもない。確かに女王様の厩舎ではないが、ここも良い厩舎のようだ。二十頭以上の馬がいて、みな黒くて年老いているが、姿は美しく、気品があり、威厳に満ちていた。おお威厳は、たぶんありすぎるほどだった!
  彼らもまた自分たちの任務をよく理解しているのだろうかと、ネーロは疑っていた。皆、ずっと立ちながら考え続け、それでもはっきり分からないのではないかと思えた。長い尻尾をゆっくりと振り、ときどき蹄で地面を掻いていた。それは物思いに耽る馬の特徴だった。
  フォーフォにだけははっきり分かっていた。全てはっきり分かる確信があった。
  俗悪で思い上がった獣どもだ!
  連隊所属の痩せ馬で、三年務めた後に──彼自身の言うところによると──アブルッツォの田舎者の騎兵をふるい落としてお 払い箱になった馬は、ひっきりなしに喋り続けていた。
  ネーロは内心、いまだに古い友のことで心を痛めていたが、このフォーフォのお喋りに我慢がならなかった。何よりもその馴れ馴れしい態度に苛立った。それから馬屋の仲間へのひっきりなしの悪口に。
  まったく、なんてお喋りな舌だ!
  二十頭の馬のうち、一頭たりともその舌から逃れることはできなかった! この馬はこうだ、あの馬はああだ。
  「尻尾……あそこを見てみなよ、ほら、あれが尻尾なんだよ。あんな動かし方があるんだよ。何という活発さだろう、ねえ?」
  「お医者馬ですねえ、お宅は。」
  「ほらあそこ、カラブリアの子馬、豚みたいな両耳を上品に揺らしてる。それに美しいたてがみ! 立派な下あご! あの子も元気だと思わないかい?
  ときどき自分が去勢されていなかったらと夢見て、あの牝馬(めすうま)を口説こうとするんだ。三区画右側の牝馬、見えるだろ? 婆さん馬が、頭を前へ低く垂らして、腹は地面に届きそうでさ。
  あれは馬か? ありゃ牝牛(めうし)だな、俺に言わせりゃ。新兵の歩行訓練みたいな歩き方をするのを君が知ってたらなあ! 地面に蹄を、火傷でもしたみたいな突き方をしてさ。でも、お世辞も時には言うよ。うん、口は達者だからね。隅々まで地ならししなくちゃならないんだ、まったく!」


(つづく)
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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