正しい、正しくない、ばかりでなく

 NHKの番組を見ていたら、「DNAは安定な物質」という表現が出て来た。
 「安定した物質」ではなく「安定な物質」である。
 「不安定な物質」とは言うが、これは少々妙である。辞書を見る限り「不安定」は形容動詞(不安定だろう、不安定で、不安定だった、不安定だ、不安定な、不安定ならば)だが、「安定」は名詞であり、「安定だ」という形容動詞は存在せず、このような活用形は無い、ということになる。
 これを以て「間違いだ、けしからん」と言うのは簡単だ。しかしこういう表現が通用しているのだとしたら、これはむしろ現代日本語の変化の現われかもしれない。
 以前から言っているように、言語というものは通常想像するような「精緻を極めた体系」などではなく、穴も凸凹も未成熟な部分もある「活動する生命体」である。
 「安定な」に似た表現を探してみると、例えば「トホホな×××」という表現が見つかる。「トホホ」は感動詞に分類される。「トホホだ」という形容動詞は存在しないから、これは形容動詞の連体形語尾「な」を「トホホ」にくっ付けて形容動詞のように振る舞わせた形、と解釈できるのではないか。以前から「エレガントな」「フレッシュな」のように、英語の形容詞に「な」を付けて日本語化する方法は存在する。しかし「エレガントだ」「フレッシュだ」という終止形も存在するから、こちらは従来の日本語文法体系に沿った形と言える。
 しかし「安定な」「トホホな」は、終止形「安定だ」「トホホだ」が今のところ用いられていない以上、むしろ形容動詞の連体形語尾「な」が単独で他品詞を形容詞化(連体形化)する強い機能を帯びた結果と考えられなくはないか。
 この傾向が続くのかどうか、今のところ分からないが、従来の文法体系から外れる形を目にした時に、「間違っている」と考えるのではなく、言語が現状の体系で不足したと感じている部分を補うべく新しいダイナミズムを発揮しているのかもしれない、と発想を変えてみると面白いのではないか。
 言語の見方は一つではない。
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プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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