さらにダルマチア語を読む

 19世紀に滅んだロマンス系言語・ダルマチア語の短文の学習を終えたので、トゥオネ・ウダイナ(最後のダルマチア語話者)の一連の会話を、頭から読み始める。もっとも短文もウダイナの発言を記録したものだから、ずっと彼のダルマチア語を追っているわけだが。短文を多少頭に入れた後なので、ずっと読みやすい。
 会話の冒頭、ウダイナはダルマチア語のさまざまな話者(個人名)について解説をしている。そこは名前の羅列に近いので措くとして、少し行くと、まだ彼が若い頃、他にもいたダルマチア語話者たちとダルマチア語の力比べで賭けをした話が出てくる。「こんなふうにダルマチア語で話すゲームをしようぜ。いいかい、お若いの、ダルマチア語で物の名を言えなかったら、そいつが負けってルールだ。」という話になる。そしてウダイナはこう述べる。
 
perke metuome i bieč praima ke duome el prinzip da ğokuor. duŋkue joina kal join ğu klamut iŋ taľuŋ e-l ğu piars tra bokule di veŋ! Jal fero vetruŋ e ju fero koiςa join trok: ju avas viant čiŋk jain. ju mui ple no jai piars, iŋ kosta laŋga a ğokuor.
(ゲームを始める前に賭け金を出す。イタリア語で物を呼んでしまったら、1回につきワイン3ジョッキ分の負けだ! だが相手は年寄りで、わしは若かった。25歳だったからな。わしはこの言葉遊びでは、一度も負けたことはなかったんじゃ。)

ςは[ʒ~z]を表わす。čは[ʧ]、ğは[ʤ]、ľは[ʎ](側面破裂音。イタリア語のgliの子音と同じ)を示している。その他の補助記号は省略(フォントが表示できないので致し方ない)。
 
 もはやダルマチア語で話し合えるほどの話し手もいなくなった今、そんなふうにダルマチア語の言葉遊びができた昔を懐かしむ気持ちと、自分はダルマチア語の真の使い手だ、という自負とが感じられる口調である。もっとも、言語のインフォーマントとして、ウダイナは決して理想的というわけではなかった。もう歳を取って歯も抜け、発音のはっきりしないところもあったらしい。それより何より、若い頃あちこちと渡り歩いてさまざまな言語と接触していた、というのが、1言語のインフォーマントとしてはマイナスであった。彼の言葉にはところどころイタリア語(ヴェネツィア方言だという)や、クロアチア語(スラヴ系言語)などが混じっている。研究者のバルトーリは苦労しただろう。しかしもはや話し手はウダイナしかいないのである。1日でも多く、1語でも多く聞き出さなければ、ダルマチア語の痕跡は永遠に失われてしまう。ウダイナの誇りを傷つけず、しかし言語学者としては徹底的にこの言語の姿を追究する。一種の闘いの様相も帯びていたのではなかろうか。
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テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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