言語という偏見

 翻訳は本当に大変だ。原文の意味がほぼ取れても(これ自体大変なのだが)、それをいかに日本語という器に移すか、その作業に物凄く時間がかかる。
 言語は偏見の一種だ、と思う。混沌とした世界を、それ自体の尺度をもとに、切り取る。それを組み立てる。しかしそこからこぼれてしまう物も多い。だがそれにこだわっていては、世界は組み立てられない。だから、公平・客観的に世界を捉えている言語などは存在しないのだ。
 翻訳は、一つの偏見によって組み立てられた世界を、他の偏見によって組み立て直す作業である。不思議なことに、言語という偏見は、同時にきわめて柔軟なものである。どんな複雑な表現でも、ほぼそれに等しい対価物は見つかるのである。しかしそれには長い訓練と、忍耐と知力が要る。そのことは、自分で翻訳をしてみれば誰にでも分かることである。
 多言語学習は、より多くの偏見を学ぶ作業である。多くの偏見を知ることによって、特定の偏見から自由になる。そして、偏見の多様さが、人類の持つ精神的豊饒さにつながることを知るのである。一種のパラドックスと言ってもいい。
 まだしばらく翻訳に時間はかかるであろう。だが何でもトライしてみるものだ。いろいろなことに気付くのである。
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ルイジ・ピランデッロ作 「ライン河のクリスマス」翻訳

 ルイジ・ピランデッロの短編集『一年間の物語』より、短編「ライン河のクリスマス」を翻訳しました。
おそらく本邦初訳だろうと思います(もし違ったらご容赦を)。
シチリアを舞台にした作品が多い中で、少し毛色の変わった作品です。
今回は、一挙掲載です。


ライン河のクリスマス

ルイジ・ピランデッロ 作
井上孝夫 訳


ローマ、一九一四年末

 「ママがね、」イェニーが大喜びで私の部屋に入って来て、手を打ちながら言った。「承知してくれたわ、あなたのために!」
 私はびっくりして、暖炉のある部屋の隅から彼女を見つめた。そこに一時間ほど前から寒さでちぢこまって、暖炉の熱い微風に両手両足を当てていたのだ。そして心は……ああ、心は時としてどこへ行ってしまうのか、活気を失った肉体の感覚とは切り離されて? その間、目はじっと物を見ているようで、その実何も見ていないのだ。
 「まあ!」すぐさまイェニーは、私の放つ寒さに凍りついたように再び口を開いた。「あなたまるでお爺さんみたい! まさか、雪が本当にここに降ってきたわけでもあるまいし!」
 そう言いながら、私の髪の毛をくしゃくしゃにした。
 私は彼女のこの上なく美しい両手を取り、自分の両手でしばし握りしめた。
「手を温めてやるよ、じっとして! お母さんが何を承知したって?」
「聖なるクリスマスをお祝いすることよ!」イェニーは叫んだ。部屋へ入って来た時の生気を再び漲らせて。そして私に両手を握られている困惑を隠しながら。「素敵なモミの木を買いましょう。背の高い……背の高い……たとえて言えば……」
「どんな?」私はますます強く彼女の両手を握りしめながら言った。
だが彼女は片手を外して、すぐに言った。
「こんな高さの!」
「素敵だね。きれいだろうな……」
「いやな人……こういうことに冗談は言わないものよ。こっちの手も放して……何を考えていたの?」
私は目を閉じ、肩をすくめて、鼻から長い溜息を吐いた。
 煙突の焦げた煙道を通して風の唸りが聞こえた。それとも本当は、ザンポーニャ(バグパイプに似た楽器)の緩んだような鼻にかかったような、それでいてリズミカルな音が、遥か遠くから聞こえているのだろうか? その音は、私自身の裡にある悲嘆の言葉から発しているのだろうか? それらの言葉は喉を締め付ける縺(もつ)れた塊を通って、唇より先に目から溢れ出るだろう。その遥か遠くのザンポーニャの音は、私の激しい憂愁の深い溜息で膨れ上がっているのだろうか? 私の前にある暖炉の火は、遥かなる我が故郷の広場で聖なる九日間の祈祷が粛然と行われる宵に、小祭壇の前に置かれるカラス麦の無数の束が燃やされる、その火ではないのか? 火打ち金がカチカチと鳴っているのか? 本当に、遠くでザンポーニャが鳴っているのか?
 時々起るように、いやむしろよくあることなのだが、この社会において我々は自分の魂の尊厳を恥じることがある。そうして或る羞恥心が、誤った羞恥心が、我々の心の奥底を、心優しき人に向かってさえ明らかにすることを禁じるのである。その心の奥底とはある種の感情であり、あまりにも甘美で、その繊細な純潔さのためにほとんど子供っぽく見えて、我々はそれらが嘲笑を以て迎えられるか、あるいはせいぜい、精神のきわめて特殊な状況下で我々の内に生まれたものとして、尊重もされずに終わるかもしれないだろうと疑うのである。それゆえ、私が何を考えているのかイェニーには言わなかったのだ。
 「この風の音を聞いていると苦しくなってくるんだ。」代わりに私はそう言った。「もう聞いていられない……。こんなふうに一日中、煙道のために部屋の中でうめいて……。そして晩になるとね、静けさの中でただ一人、耐えがたくなってくる……。
 「分かったわ!」イェニーはそこで椅子に手を掛け、言った。「私がそばにいるじゃないの、小言屋さん! さあさあ、暖炉にもう一つ木を入れて、私のために! 待って! ……私が取るわ。あなた、服を着込んでるから……さあいいわ! だからママが承知してくれたんだってば! もう二年間も、うちではクリスマスをお祝いしてなかったんだからね。今年は、その穴埋めをするんだわ。子供たちがどんなに喜ぶか考えてごらんなさい!……
 イェニーが言っている子供たちとは、彼女の異父姉妹たちだった。L***家では、イェニーの母であるアルヴィーナ夫人の二番目の夫が痛ましい死を遂げてから、服喪の印として家でクリスマスを祝わずにいたのである。L***・フリッツ氏は乱脈を極めた生活の後、ライン河の右岸にあるノイヴィートの町で、リボルバーでこめかみを撃ち抜き自殺したのである。イェニーは家族の一連の愁嘆場に続けて、この自殺についての残酷な詳細を私に何度も語っていた。そして義父の姿や態度を説得力をもって描写したものだから、私は彼を知っていたような気になっていた。私は恐ろしい目的を実行するために彼が赴いたノイヴィートから妻に出した最後の手紙を、すでに読んでいた。これほど美しく真摯な、惜別と悔恨の言葉を読んだことがなかった。世間では、ノイヴィートはライン河沿いの地域の中で、他のどの地点よりも日の出が美しく見られると言われている。《私はあらゆるものを見てきたし試してきた、》夫は妻に書いていた。《ただ一つのものを除いて。四十年の人生で、未だかつて日の出を見たことがないのだ。明日、河岸からその光景に立ち会おう。この上なく静謐な夜が私に約束してくれる光景に。太陽が昇るのを見て、その最初の輝きのくちづけを浴びながら、わが人生を閉じようと思う。》
 「明日ツリーを買いましょう……」イェニーは続けた。「桶が屋根裏部屋にあるわ。その中に色つきの小さなランプやカラフルな飾り付けが、が最後にそこに置いたままになっているはずよ。だって、ツリーはね、毎年クリスマス・イブに彼がそっと、下の食堂のそばの部屋に飾り付けたんだもの。子供たちを喜ばせるにはどう飾り付けたらいいか、本当によく分かっていたわ! 年に一度、こういった晩にだけ、良いパパになったの。」
 イェニーは想い出に心をかき乱され、私の安楽椅子の肘掛に額を載せて顔を隠そうとした。そして沈黙しながらも、明らかに祈っていた。
 「可愛いイェニー!」私は胸を衝かれ、彼女のブロンドの髪に手を置いて言った。
 祈りから再び立ち上がると、彼女の目には涙が溢れていた。そして新たに私のそばに座りながら言った。
 「聖なる夜が近づいているのだから、私たち皆、善き人間になりましょう。そして赦(ゆる)しを与えましょう! 私も善い人間になります。彼が私たちをこんな状態に追い込んだのを赦せないといつも言っていたけれど。その話はもうやめましょうね! だから明日は、ねえ、聞いて。まず近所のR***さんのお宅へ行って、庭の砂をエプロン一枚で運べる分もらってきて、桶をその砂で一杯にして、そこにツリーを差すの。そして次の朝早く、子供たちがベッドから起きてくる前に運んでもらう。子供たちは何も気付かないでしょう! それから私たちは一緒に出掛けて、お菓子や、ツリーの枝に吊り下げる何でもないプレゼントや、林檎やクルミを買いましょう。R***さんが温室から摘んできた花をくれるわ……。きっとあなたにも分かるわ、私たちのツリーがどんなに美しくなるか……。あなた、うれしい?」。
 私は何度もうなずいて、うれしいよと答えた。イェニーは立ち上がった。
 「じゃあこれで、私行くわ……また明日ね! そうしないと、お隣さんが私のことを変な風に思うから。ね、そこの部屋でその人、私があなたの所へやって来たのに聞き耳を立てているのよ……」
 「パーティーに奴(やつ)も来るっていうのかい?」私はむっとして尋ねた。
 「まあ、そうじゃないの! あの人はお似合いの連中とバカ騒ぎしに出かけるわ……。さようなら、また明日ね!」
 イェニーはそっとドアを閉め、爪先立ちでそそくさと帰って行った。そして私は再び物悲しい思いに耽り、それは耐え難い哀れな叫び声が、私を暖炉の一角から遠ざけるのをやめた時まで続いた。私は窓のそばへ行き、指でガラス窓の曇りを拭い、外を眺めた。雪が降っていた。まだ、渦を巻いて、雪が降っていた。
 そうやって曇り窓の透き通った部分を通して外を眺めていると、突然、幼い頃の思い出が蘇ってくるのだった。まだ物事を信じやすい子供だった私が、クリスマスイブに、プレゼーペ(キリスト降誕を人形で表現した模型)に飽き足らなくなって、こんなふうに外を窺っては、神秘に満ちたこの空に、おとぎ話にでてくるお告げのほうき星が、本当に姿を現しはしないかと思っていたことが……。

                 *

 翌日、私たちはパーティー用に聖なるツリーを買い、屋根裏部屋に上って、飾り付けのうちどれくらいのパーツがまだ使えるのか、新たに買いに行く前に見ようとした。
 三年前の古いツリーは骸骨のように干からびて、暗い片隅にあった。
 「これよ。」イェニーは言った。「これが、彼が飾り付けた最後のツリー。これは彼が置いた所にそっとしておきましょう。そうすれば、このツリーはヨハン・クリスチャン・アンデルセンが書いたクリスマスツリー(アンデルセンが書いた童話「もみの木」の主人公)のような運命は決して辿らずにすむわ。切り刻まれて、大釜の下で最期を遂げるようなことはなくなるの。これが桶。見て、一杯になってる。湿気でガラス球や豆ランプが輝きと色を失くしていなければいいんだけど。」
 どれも良い状態だった。
 その後、私とイェニーはおもちゃとお菓子を買いに揃って出かけた。
 歩きながら私は考えた。厳しい寒、霧、雪、風、自然の侘しさなどは、この地のクリスマスという祝祭を、我々の故郷におけるそれよりもっと落ち着いた、深味のある、さらに甘美な憂愁を伴った詩的で宗教的なものとすることに、なんと貢献しているのだろうか、と。
 夜、子供たちが床に就くとすぐに、食堂脇の部屋を片付けて、私とイェニーはメイドに言いつけて桶を降ろして来てもらった。それを部屋の隅に置いてツリーの幹の周りを砂で満たした。
 夜遅くまで私たちはせっせとツリーを飾り、ツリーの方もこの飾り付けに満足して、愛情の込もった世話に感謝して身を任せ、金色や銀色の紙のネックレスや、リボンと飾りの束、小さな球や豆ランプ、お菓子の小さなバスケット、おもちゃ、そしてクルミを支えようと枝を伸ばすのだった。
 《だめだよ、このクルミは、だめ!》ツリーはたぶん、そう思っていただろう。《このクルミは僕のものじゃない。これは他のツリーのフルーツだよ。》
 初心(うぶ)なツリー君! 君は知らないだろうが、これが我々の普通のやり口なんだよ、自分の物でもない物で、わが身を飾るのがね。良心の咎めも無く、往々にして、他人の汗の結晶を横取りするのさ……。
 「待って! ほうき星が!」ツリーの飾り付けがすっかり済んだところで、イェニーが叫んだ。「ほうき星を忘れてた!」
 私は脚立を使って、ツリーのてっぺんに銀の紙の星をくっ付けた。
 私たちは長いこと自分たちの作品に見惚れた。そして明日夜になるまでは、飾られたツリーを誰も見ないように、部屋の出口に鍵を掛けた。寒さと徹夜と疲労の見返りとして、母の賞賛と子供たちの喜びを目にするのを楽しみにしながら床に就いた。
 それなのに……。ああだめだ。一生懸命働いたイェニーのためにも、哀れな子供たちのためにも、アルヴィーナ夫人は涙を流してはならなかった。それなのに彼女は、その花の絨毯の上に照らされた輝くツリーを目にして、泣き出したのである!
 イブの昼食はうまく運び、最後まできちんと給仕された。プラムケーキや茹(ゆ)で栗(ぐり)を詰めたガチョウも出されたのだ! その後で、子供たちは部屋のドアの後ろに並ばされた。そこにはクリスマスツリーがそびえ立っていた。子供たちは、冷えた小さな手を合わせてお祈りの形にし、この上なく甘く愁いに満ちたコーラスを始めた。

Stille Nacht, heilige Nacht……(シュティレ・ナハト、ハイリゲ・ナハト……)
〔静(しず)けき夜、聖(きよ)らなる夜……〕*

 私自身のためではなく他者のために飾り付けたあのクリスマスツリーを、そして涙で幕を閉じたあのパーティーを、私は絶対に忘れることはないだろう。私の目から決して拭い去られぬもの、それは母の服にしがみつきながら「お父さん、お父さん!」と切なく父を求める三人の遺児たちの姿、そしてその間も、たくさんのおもちゃを身に纏(まと)いながら、花々の鏤(ちりば)められた部屋を照らし続けていた聖なるツリーの姿である。
(了)


*注:「きよしこの夜」の原詩。

翻訳『サン・ジュゼッペのロバの話』ジョヴァンニ・ヴェルガ作 その3(最終回)

 ロバは車の引き方も覚えたが、車の轅は彼には高すぎ、荷の重みがその肩にすべてかかって、ロバは六ヶ月持ちそうになかった。上り坂は足を引きずり、ルチアーノは体に気合を入れようとロバを棒で叩かなければならなかった。下り坂はもっとひどかった。なぜなら荷重が背中にのしかかってロバを押し潰し、彼は背を弓のように曲げ、火で焼かれて蝕まれた脚で力の限り踏ん張らなければならなかった。人々はそれを見て笑った。もし倒れれば、天国の天使が総出で起こしに行かねばならないほどだった。
 だがルチアーノのおやじには分かっていた。ロバは三キンタル(一キンタルは約百キログラム)の荷物を運んでくれて、ラバより優秀なのだ。その荷物に対しての支払いは、一キンタルにつき五タリーだった。「サン・ジュゼッペのロバが一日生き延びるにつれて、十五タリーの儲けになる。」と彼は言っていた。「それでいて餌はラバ以下の出費で済む。」時々、ロバの後ろをゆっくりと歩いていく人たちが、可哀想なロバが力の無い足を踏ん張り、背中を弓のように撓(たわ)めて、激しい息遣いをし、生気の無い眼をしているのを見て助言した。「車の下に石を入れて、その哀れなロバが元気を取り戻せるようにしてやりなよ。」しかしルチアーノのおやじはこう答えるのだった。「そうさせたら、一日十五タリーは稼げんよ。こいつの革で、わしの皮を直さなくてはならんのだよ。まったく動けなくなったら、ロバは石灰工の奴に売ってやる。いい家畜だし、奴の役に立つ。サン・ジュゼッペのロバが臆病だなんて全くの嘘っぱちだ。こいつは農園主のチリーノからパン一切れ同然の金で手に入れたものでね。あいつは一文無しになっちまったからな。」
 そうやって、サン・ジュゼッペのロバは石灰工の手に落ちた。石灰工は二十頭ほどのロバを飼っていて、どれもがやつれて死にそうだった。ロバたちは彼のために石灰の小袋を運び、歩く道すがら口で引きちぎれる雑草を食べて命をつないでいるのだった。石灰工はそのロバを欲しいとは思わなかった。他の家畜よりひどい傷痕だらけだし、脚は焼かれた条(すじ)がつき、背峰は犂につなげた鞍に痛めつけられ、転び続けたせいで膝は潰れ、白と黒の毛並も、黒ずんだ色の他の家畜の中に混じると目立たないように思えた。「そんなことは何でもないさ。」ルチアーノのおやじは答える。「それどころか、遠くからでもあんたたちのロバどもを見分ける役には立つさ。」そして取引をまとめようと、言い値の七リラからさらに二タリー引き下げた。しかしサン・ジュゼッペのロバはもはや、誕生に付き添った女主人が見てもそれだとは分からなかっただろう。鼻面を地面に向かって下げ、耳を石灰の入った袋の下で雨傘のように垂らしている姿は、それほど変わり果てていたのだ。ロバは群れを引き連れている少年が棒で叩くたびに、背をよじらせていた。しかし女主人自身も今や様変わりしていた。うち続く不作と飢え、彼女と夫、息子のトゥリッドゥが三人とも平原で罹った熱病。硫酸塩を買う金も無かった。なぜなら、たとえ三十五リラででも売れるサン・ジュゼッペのロバすらいなかったからである。
 冬になって仕事がなくなり、石灰を焼く薪(たきぎ)も乏しく、遠くに行かねば手に入らなくなり、凍結した道は垣根に一枚の葉もなくなり、凍りついた溝沿いにも食べられる刈り株の一つさえ見当たらなかったからである。生きることは哀れな家畜たちにとって厳しいものだった。冬の間飼料は半分食べ尽くされてしまうことが、主人には分かっていた。だからいつもは、春になるとたっぷり飼料の蓄えを買い込んだものだった。夜になると家畜の群れは戸外の、石灰を焼く窯のそばに留まるのだった。彼らはお互い身を寄せ合って楯とした。しかし輝く月光が剣(つるぎ)のように、彼らの上を端から端まで通り過ぎ、彼らの皮の固さにもかかわらず、背峰の擦り傷には悪寒が走り、彼らはまるで言葉を交わしているかのように、寒さの中震えていた。
 暮らし向きのもっとひどいキリスト教徒もたくさんいる。彼らには、ロバの群れを見張りながら窯の前で眠る少年が着ているボロボロのマントすら無いのだった。この近所に貧しい女が、石灰の窯よりもっとみすぼらしい家に住んでいた。その家には、星の光が屋根から刃(やいば)のように射し込み、まるで戸外にいるようだった。風は、家を覆う四枚のボロ布をはためかせていた。以前彼女は洗濯屋をしていたが、それは惨めな職業だった。なぜならば人は皆、おんぼろの服を洗うとしたら、自分の手で洗うものだからだ。息子が成長した今、彼女は村へ薪を売りに行った。しかし誰も彼女の夫のことを知らず、売るための薪をどこから手に入れているのかも分からなかったが、彼女の息子は、母が農園の番人から発砲される危険を冒して、あちこちと薪をかき集めに行っているのを知っていた。「もしあんたがロバを手に入れたら、」もう役立たずのサン・ジュゼッペのロバを売り飛ばそうとして、石灰工は彼女に言った。「もっと大きな薪の束を村へ運べるぞ。あんたの息子はもう大きいからな。」哀れな女はハンカチの結び目に何リラか隠し持っていたが、石灰工にその金をせしめられた。というのも諺に言う通り、「古い物は愚か者の家で死ぬ」からだ。
 少なくともこうやって哀れなサン・ジュゼッペのロバは、その最期の日々をより良く生きた。寡婦は支払った金のおかげで彼を宝物のように扱ったし、彼のために夜の藁と干し草を探しに行き、家のベッドの傍らに彼をつないでくれたので、それは彼をマッチのように温めてくれた。この世では、片方の手がもう片方の手を洗うように、助け合いが行われるのだ。女は、耳がどこにあるのか見えなくなるほど山のように薪を積んだロバを自分の前へと追い立て、夢物語を紡いでいた。少年は垣根に穴が開くほど薪を切り、無謀にも森の外れまで積み荷を束ねに行き、母と息子はこの仕事で金持ちになれると信じていた。だがついに番人が少年を、小枝を盗んでいる現場で捕まえ、棒で散々に叩きのめした。医者は少年を治療するため、女のハンカチに残っていた金と、薪の蓄えと、売れる持ち物全てをむしり取った。しかもそれは大した額ではなかった。それで母親はある夜息子が熱を出し、壁に燃えるような顔を向けてうわごとを言い、家には食べられる一口のパンも無くなった時、不安のあまり、自分も熱があるのだと口にしながら外へ出た。そしてすぐそばにあるアーモンドの木の枝を折り、明け方にそれをロバに載せて売りに行こうとした。しかしロバは重さのあまり上り坂で膝をついた。それはまるでサン・ジュゼッペのロバが幼子イエスの前で跪いているようだったが、もうそれきり起き上がろうとしなかった。
 「ああ何てこと!」女は呟いた。「皆さん、この薪を運んでください!」
 通りがかりの人々はロバの尻尾を引っ張り、起き上がらせようと耳に噛みついたりした。
 「死にそうだっていうのがわからんのか?」ついに一人の馬車引きが言った。それで皆はロバから手を放した。ロバは死んだ魚のような眼をし、鼻先は冷たく、皮膚には震えが走っていたのだ。
 女はその間、熱で顔を赤くしてうわごとを言っている息子のことを考えては、口籠りながら言った。
「どうしたらいいの? どうしたらいいの?」
「もしロバを薪全部と一緒に売ってくれるなら、五タリーやろう。」車の荷が空になっていた馬車引きは言った。そして女が目をみはってじっと彼を見つめると、こう付け加えた。「買うのは薪だけだがな。ロバに何の値打ちがあるんだ!」そして彼は死骸に蹴りを入れた。それは皮の破れた太鼓みたいな音を立てた。
(了)

翻訳『サン・ジュゼッペのロバの話』ジョヴァンニ・ヴェルガ作 その2

 一方ネーリおじさんは、ロバを曳いて坂を下りながら言っていた。
 「神はなんと正しきお方だ。奴から子ロバを分捕ってやったぞ! 色なんか問題じゃない。見てみろよ、この柱のような脚! 目をつぶっていたって、こいつが四十リラの値打ちがあるのは分かるさ。」
 「もし俺がいなければ、」友人は答えた。「どうにもならなかったんだからな。ここに、お前さんの二リラ半がまだ残ってる。よかったら、ロバの健康を祝して乾杯しに行こうぜ。」
 今や子ロバはその値段三十二リラ半と食べた藁の金を稼ぐために、健康でいなくてはならない破目になった。だがその間(かん)、ロバはネーリおじさんの後ろで熱心に飛び跳ね、たわむれにおじさんの上着に嚙み付こうとしていた。まるでそれが新しい主人の上着だと分かっている上に、これまでぬくぬくと母親のそばで暮らしていた家畜小屋を永遠に後にしても平気だとでも言うように。母のそばで子ロバは、飼葉桶の縁に鼻面をこすりつけたり、雄羊相手に頭突きをかましたりデングリ返しを売ったり、豚を小屋の隅っこで突っついたりしていたのだ。薬屋の売り台の前で改めて金勘定をしていた女主人も、子ロバが生まれた時、絹のようにつやつやした白と黒の毛並みで、まだ両足で体を支えられず庭にしゃがんでいるのを見たことや、ロバが食べて大きく育った草のことなど、すっかり忘れていた。ただ一つ覚えているのは、雌ロバが家畜小屋の出口に向かって首を伸ばして鳴いていたことだ。しかし雌ロバも、乳房が乳で脹れることがなくなると、子ロバのことを忘れてしまったのだった。
 「こいつは」とネーリおじさんは言う、「ラバと比べて、スペルト小麦の山四つ分は多く運んでくれるぞ。収穫の次期になったら、脱穀をさせるさ。」
 脱穀をする時期になると、子ロバは、老いたラバや足の悪い馬など他の家畜と一緒に並んで首を繋がれ、朝から晩まで麦穂の束の上をちょこちょこ歩いては、疲れ果てて、日陰で休ませるために藁の山に載せられても、その藁に食いつく気も失っていた。その間も、かすかな風が立ち、農夫たちは藁を払い除けながらこう叫んでいた。「マリア様万歳(ヴィーヴァ・マリーア)!」
 そんな時、子ロバは鼻先を下げて耳をぶらりとさせ、大人のロバのように生気のない眼で、まるでだだっ広く白い広場を見るのも飽きたという風情だった。この広場は麦打ち場の埃があちこちに煙のように立ち、さながら喉の渇きをつのらせて、麦穂の束の上をせかせかと歩かせるためにだけ作られた場所のようだった。夕べには、子ロバは一杯になった振り分け荷物を背にして村へ帰った。主人の息子はひっきりなしに子ロバの背峰(両肩の間の背の隆起)を突っつきながら、小道の垣根に沿って歩いて行った。その垣根はシジュウカラの囀りと、イヌハッカとローズマリーの匂いで生気が漲っていて、子ロバは、ずっと速足で歩かせてもらえないのなら、せめてその中に口を突っ込みたいと思った。すると脚に血が下りてきて、子ロバは蹄鉄工の所へ運ばれなければならなくなるのだった。だが主人にはそんなことはどうでもよかった。なぜなら収穫は上々だったし、子ロバは三十二リラ半分を働いた。主人は言った。「もう仕事は済んだ。こいつを又、二十リラで売っても、まだ儲けものだ。」
 子ロバを愛しているのは、麦打ち場から帰る時、ロバを小道沿いにぴょんぴょん跳ねながら走らせてくれる少年だけだった。蹄鉄工が子ロバの足を真っ赤な鉄で焼き、子ロバが身をよじり、尻尾を宙に浮かせ、市の開かれる広場を駆け回る時みたいに耳を立て、体をくねらせて、撚り合わせた太い綱が唇を締め付けるのから逃れようとしている間、少年は泣いていた。そして蹄鉄工の弟子が火のような赤い鉄を替えに来て、革がフライパンに入れた魚のようにジュウジュウと煙を立てた時には、判決を受けてでもいるように、苦痛に目を剥いた。しかしネーリおじさんは少年に叫ぶのだった。「馬鹿者が! なぜ泣く? こいつの仕事は終わったんだ。収穫もうまくいったし、だからこいつを売って、ラバを買う。その方がいいんだ。」
 少年というものはある種の事柄を理解しないものである。子ロバが農園主のチリーノ・イル・リコディアーノに売られてしまった後も、ネーリおじさんの息子は家畜小屋を訪れ、子ロバ鼻面や首を撫でまわしていた。なぜなら子ロバが振り向いて彼の匂いを嗅ごうとし、まるでその心はまだ彼と繋がっているとでもいう風だったからである。一方大人のロバは主人が望む所に行き、小屋を替えるように運命を変えている。農園主チリーノ・イル・リコディアーノはサン・ジュゼッペのロバをわずかな金で買ったが、それというのもロバにはまだ踵(あくと)(ひづめとくるぶしの間)に瘢痕があったせいだった。ネーリおじさんの奥さんはロバが新しい主人と一緒に通るのを見て言った。「あのロバは私たちの運命(さだめ)だったわ。白と黒の毛並で麦打ち場に陽気さを運んでくるの。でも今、一年の収穫はどんどん減ってるし、だからラバまで売らなきゃならなくなって。」
 農園主チリーノはロバを犂(すき)の軛(くびき)に繋げ、指輪に嵌め込まれた宝石みたいに軛にぴったりはまっている老いた雌馬と一緒にした。雌馬は一日中何マイルも、きれいな畝溝を引いて行くのだった。ヒバリが明け方の白い空でさえずり始めてから、コマドリが裸の低木の後ろに身を縮め、寒さに震えて、短く飛び回るかと思うと、物悲しいピィという声で海のように立ち昇る霧の中で鳴く時まで。ただ子ロバは雌馬より小さかったので、軛の下、鞍の上に藁の小さなクッションを置いてやった。子ロバは寒さで固くなった土塊を剝がそうと、何度も躍起になって肩を動かしていた。「こいつのおかげで、年寄りの馬の力を使わんで済む。」農園主チリーノは言う。「サン・ジュゼッペのロバは、カターニア平野のような広い心を持っているんだ! まかり間違っても……」
そしてマントの中で背を丸め、種を節約して播きながら後ろについてくる妻に向かってこう言った。
「もしこいつに災難が降りかかったら、いやそんなのは駄目だ! 破滅だ! 収穫を前にして。」
女は取り入れを控えた収穫物を見守り続けた。石ころだらけの、荒れ果てたちっぽけな畑。土は白く、久しく雨も降らずにひび割れ、水は霧となって畑にもたらされるものの、その霧が種を蝕むのであった。鍬入れの頃になると、蒔いた種は悪魔のヒゲのようになり、まるでマッチで燃やしたかのようにまばらで、黄ばんでしまった。「あんなに畑を休ませておいたのに!」農園主チリーノは、上着を脱ぎ捨ててすすり泣いた。「あの子ロバは、ラバと同じようにわしらの息の根を止めた! あれは不作を招くロバだ!」
彼の妻は、焼け焦げた種を目の前にして胸が詰まった。そして目から涙をぽろぽろと流しながら答えた。
「子ロバは何もしていないわ。ネーリのおじさんには良い収穫をもたらしたわけだし。私たちは不運だったのよ。」
こうしてサン・ジュゼッペのロバがもう一度主人を替えたのは、農園主チリーノが種を蒔いた畑から鎌を背にして帰る時のことだった。畑は刈り取る必要もなかった。聖人たちの絵を葦の茎に刺して置いておいたのに。そして二タリー(タリーはシチリアで流通していた古代アラブ金貨)払って司祭に神の加護を祈ってもらったというのに。「くそいまいましい!」チリーノは羽毛の房のようにまっすぐ突っ立った、ロバも欲しがらない麦の穂を見て毒づいていた。雨の降る気配も全く見えない真っ青な空に向かって唾を吐いた。その時馬車引きのおやじルチアーノが、空っぽの背負い袋を載せたロバを引いて来た農園主チリーノを見かけて尋ねた。
 「サン・ジュゼッペのロバにいくら払って欲しいかね?」
 「お望みの額で。ロバと、こいつを作った聖人に呪いあれ!」チリーノは答えた。「俺たちには食べるパンも、家畜にやる大麦も無い!」
 「十五リラ払おう、お前さんたち、食い詰めてることだしな。しかしこのロバ、それほどの価値は無いぞ。この痩せ方はどうだ!」
 「もっと要求出来たのに!」農園主チリーノの妻は、交渉が成立した後で愚痴を言った。「ルチアーノのおっさんの所は、雌ラバが死んだの。でも別のラバを買うお金はない。今サン・ジュゼッペのロバを買わなかったら、車と商売道具をどうしたらいいかわからなかったのよ。でもあのサン・ジュゼッペのロバは財産になるんだわ!」
(つづく)

翻訳『サン・ジュゼッペのロバの話』ジョヴァンニ・ヴェルガ作 その1

 先日ジョヴァンニ・ヴェルガの作品をしばらく読まないだろう、と言った舌の根も乾かぬうちに、なんとその短編を訳してみよう、という気になった。経緯は省略させていただくが、そういう気になった時は素直にその気持ちに従った方がいいと思ったので、彼の短編集から、あるロバにまつわる物語を訳してみた。訳した後で気が付いたのだが、これは岩波文庫の『カヴァレリーア・ルスティカーナ』というヴェルガの短編選に入っていたのだった(私は未読)。そちらでは「聖ヨセフの驢馬の物語.」という邦題になっている。しかし私は「サン・ジュゼッペのロバの話」というタイトルにした。もちろん聖ヨセフ=サン・ジュゼッペ、なのだが、シチリアの土着性を表すにはイタリア語の響きの方がふさわしいと思ったためである。そしてこれは優れた作品だ、と訳してみて思った。あまり語っては興醒めなので前置きはこれくらいにしておく。ブログとしては長くなるので、三回に分けて掲載する(そう間を置かずに更新するつもり)。翻訳は大変だけれど楽しいものでもある。




サン・ジュゼッペのロバの話

ジョヴァンニ・ヴェルガ 作
井上孝夫 訳


 そのロバはまだ小さいやつをブッケリの市で買ったのだが、そいつは雌ロバを見ればすぐに乳房を探しに行くものだから、頭突きを食らったり背中をめった打ちにされる破目になり、皆から「シッシッ(アッリッカ)!」とどやしつけられるのだった。ネーリおじさんは、そのロバが生きが良くて意地っ張りで、ぶたれた鼻面を舐め舐め、耳を振っているのを見て言った。「こいつはわしの出番だな」。そしておじさんはまっすぐロバの持ち主の所へ、ポケットの中に三十五リラ握りしめたまま向かった。
 「そいつはいいロバだ。」ロバの主人は言った。「三十五リラよりもっと値打ちはある。分かるかね、そのカササギみたいな白と黒の毛並み。ではそいつの母親も見せてやろう。林の中にいるんだ、何しろ子ロバが年中おっぱいを吸いに頭をくっつけてくるもんだから。どうだい、この黒みがかったきれいな奴は! こいつはラバより働き者でね、毛の生えてない子供をたくさん産んでくれたんだ。正直な話ね、どうして白黒の毛がその子ロバに生えたのか分からんよ。だが骨格はしっかりしとるよ、本当だぞ! まあ、人間の場合はヒゲで価値が決まるわけじゃないがな。その胸を見てくれ! それと柱みたいに頑丈な足! 耳の立派さはどうだね! そんな風な耳をしたロバは車を曳かせてよし、犂を引かせてよし、お望み通りだ。小麦の山を運ばせることもできる、ラバより上手に、今日みたいな日に、一日中。この尻尾の感じはどうだね、お前さんの親類一同全員がぶら下がれるくらいだぞ!」
 ネーリおじさんは、そんなことは主人より分かっていたが、その通りですねと言うほど馬鹿ではなかった。独りポケットに手を突っ込んだまま、肩をすくめ、鼻にしわを寄せて立っていた。その間も主人はおじさんの前で子ロバをぐるぐる歩き回らせている。
 「うーん!」ネーリおじさんはつぶやく。「その毛並み、サン・ジュゼッペのロバ(値打ちのないロバのこと。サン・ジュゼッペは聖ヨハネ)みたいな毛並みじゃなあ! そういう色の家畜はみんな臆病者で、そんなのに跨って村を歩き回った日にゃ、目の前で皆に大笑いされるぞ。サン・ジュゼッペのロバと引き換えに何を進呈したらいいのかね?」
 主人は猛烈に起こって背を向け、怒鳴るのだった。家畜のことをよく知らんのなら、そして買う金がないのなら、市になど来るな。こんな神聖な日に、キリスト教徒の時間を無駄遣いさせるんじゃない。
 ネーリおじさんは主人がわめくに任せて、兄と一緒に立ち去った。兄はおじさんの上っ張りの袖を引っ張りながら言う。あのしょうもない畜生のために金をはたいたりしたら蹴っ飛ばすぞ。
 しかし、おじさんはひそかに、サン・ジュゼッペのロバを見失わないようにしていたし、その主人のことも見ていた。主人は青いソラマメの皮を剥いているふりをしていたが、端綱のロープを両足の間にしっかり挟んでいた。一方ネーリおじさんは、あのラバこの馬と多くの尻の間をぶらつきながら、立ち止まってそれらを見つめたり、より良い役畜を得ようとあれこれ値段の交渉をしていた。しかし三十五リラを握ったままポケットに突っこんだ拳を開くことはなかった。まるで市の半分を買うために持っているんだとでも言うように。ところが兄の方が耳元で、サン・ジュゼッペのロバを指さして言うのだった。
 「あれは俺たちのものだ。」
 ロバの主人の女房は、売れ行きを見ようと時折駆け寄って来ていたが、亭主がまだロープを手に持っているのを見ると、こう言った。
「聖母さまは今日、まだ子ロバの買い手を遣わしてくれないの?」
亭主はそのつどこう答えた。
 「まだ何も! 交渉した奴が一人いて、こいつを気に入ってたんだが。金は使わず、持って行っちまった。あいつさ、白い鍔(つば)なし帽の、羊の群れの後ろにいる男。だがあいつは今のところ何も買っていない。つまり、戻ってくるってことだ。」
 女房はロバのそばに二人並んで座り、売れるかどうか見たいものだと思った。しかし夫は彼女に言ったのだ。
 「あっちへ行ってろ! 待ってるところを見られたら、商売がまとまらん。」
 その間も、子ロバは通りかかる雌ロバたちの足の間を鼻面でまさぐろうと必死だった。お腹が空いていたのだ。それで主人は、子ロバが鳴こうと口を開けかけるや、棒でひっぱたいて黙らせるのだった。そんな声、誰も聞きたくないからな。
 「あいつ、まだあそこにいるな。」ネーリおじさんは兄貴の耳にささやいて、炒りヒヨコ豆売りを探しに戻って行くような振りをした。「夕べのお祈りまで待てば、こちらの言い値より五リラ安く買えるぞ。」
 五月の太陽は暖かく、それで時折、市場の喧騒や人込みの只中で、広場全体に静寂が生まれるのであった。まるでもう誰もいないかのように。そこでロバの女主人は夫のところにやって来て言った。
 「五リラ多いか少ないかで、意地を張らないで。今夜は買い物が出来ないわ。五リラなんて、一ヵ月経てば子エサ代でパアなのよ、ロバは何にもしないでのらくらしているだけでさ。」
 「あっちへ行かなけりゃ、」亭主は言う。「ケツに一発蹴りをお見舞いするぞ!」
 こうして市での時間は過ぎて行った。しかしサン・ジュゼッペのロバの前を通る人の誰一人として、立ち止まってそれを見ようとする者はいなかった。そして主人は最も控えめな場所、安い家畜のそばを選んでいた。そこなら栗毛のラバや光り輝くような馬のそばにカササギの毛並をしたロバを置いていても恥をかかずに済むからだ。見たら誰でもが笑い出すようなサン・ジュゼッペのロバの売り買いの話をまとめるには、ネーリおじさんのような人が必要なのだった。子ロバは日向でずっと待ち続けたせいで、頭と耳をだらりと垂れ下がらせていた。そして主人は悲しそうに石の上に腰を下ろし、こちらも手を両足の間にぶらりと下げて、あちらこちらと目をやっては、沈み始めた太陽のせいで広場に長く伸び始めた影と、売れ残ってしまった家畜たちの足を見ていた。
 そこでネーリおじさんと兄は、この場に備えて声をかけておいた友人一人を連れて、あらぬ方向を見つめながらそこを通りかかったが、ロバの主人の方は待っているのを悟られぬために首をひねったのである。そこでネーリの友人は目をぎょろつかせて、いかにもある考えが浮かんだとでもいうようにこう言った。
 「おい見ろよ、サン・ジュゼッペのロバじゃないか! ネーリの小父(おっ)さん、なぜこいつを買わないんだね?」
 「今朝目にしてはいたんだが、高すぎてね。それにこの白と黒のロバを見られたら人に笑われるからな。ご覧のとおり、ここまで誰も欲しがらなかったわけだし!」
 「そりゃそうだが、役に立てば色なんかどうだっていいさ。」
 そして主人に尋ねた。
 「サン・ジュゼッペのロバを買うには、いくら払わなくちゃならんのかね?」
 サン・ジュゼッペのロバの女主人は、交渉が再開されたのを見て、マントの下で両手を合わせながらそっと近づいて来た。
 「言わないでくれ!」ネーリおじさんは広場の方へ逃げながら叫び出した。「言わないでくれ、そんな話は聞きたくない!」
 「聞きたくないって言うんなら、ほっとけ。」主人は言う。「奴が買わないのなら、別の奴が買うさ。『市が終わって売る物が無くなる売り手は、こすっからい奴!』って言うしな。」
 「俺は話を聞いてほしいんだよ、こん畜生!」友人はわめいた。「俺だってたわごとを言いたいのに、言えないじゃないか!」
 そしてネーリおじさんのところへ駆け寄って上着を掴み、今度は踵を返してロバの主人の耳に向かって話しかける。主人は無理にでもロバを連れて家に帰りたがっていたのだが、その首に腕をがばと巻き付けて、ささやく。
 「まあ聞け。五リラ多いだの少ないだの言って、今日売らなかったら、うちの小父(おっ)さんみたいな馬鹿は見つからないぞ。タバコ一本の値打ちも無いお前の家畜を買おうなんていう馬鹿はよ。」
 そしてロバの女主人にまで抱きついて、彼女を味方に付けるため、その耳に向かって話しかけようとしていた。しかし彼女は肩をすくめ、恐ろしい顔をして答えた。
 「うちの亭主の商売よ。あたしは関係ないの。でも正直な話、四十リラ以下で買おうなんて言うなら、そりゃ阿呆だよ! あたしたちから言えば、もっと値は張るんだから!」
 「今朝あいつは三十五リラだって必死で値を付けてたんだぞ!」ネーリおじさんは再び言い張った。「その言い値で誰かほかに買い手がついたか? 市場にはもう皮膚病やみの雄羊が四頭とサン・ジュゼッペのロバしかいないぞ。さあ金が欲しいなら、三十リラでどうだ!」
 「受け取ってよ!」女主人は亭主に向かって涙ながらにそう勧めるのだった。「今晩、買い物も出来ないじゃない。トゥリッドゥは熱がぶり返してるのよ。硫酸塩が必要なんだってば。」
 「くそったれが!」亭主はわめいた。「あっちに行かなけりゃ、ロープを食らわせるぞ!」「三十二リラ半で、さあどうだ!」彼らの襟元を揺さぶりながら、ついに友人は叫んだ。「あんた方も俺も、痛み分けだ! 今回は俺の言うことを聞いてくれ、お願いだ! ワインなんぞ要らん。もう日は暮れてるじゃないか。これ以上何を期待してるんだ?」そして主人の手から端綱をもぎ取っている間に、ネーリおじさんは毒づきながらポケットから三十五リラを掴んだ拳を出して、目を逸らしながら彼らにそれを与えた。まるで肝臓を毟り取られでもするかのように。友人は女主人と共に少しその場を離れ、石の上で金勘定をしていた。一方ロバの主人は市の方へ逃げ去ろうとしていた、わが身を拳で叩きながら。
 だが妻は追いつき、ハンカチの中の金を数え直していた。主人は言った。
 「ちゃんとあるか?」
 「全部あるわ。聖ガエタノ(十五〜十六世紀のイタリアの神学者、修道士)が褒めたたえられますように! さあ薬屋に行くわよ。」
  「連中をだましてやったぞ! 二十リラで売ってもよかったんだ。あの色のロバは臆病者だからな。」
(つづく)
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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