録音を忘れた

 モンゴル語をとりあえず聴き終えたので、『まずはこれだけ エストニア語(国際語学社)を聴いてみようと思ったら、ICレコーダーに録音するのを忘れていたのに気付いた。同じシリーズのハワイ語も続けて聴こうと思っていたら、これも未録音。しかたなく少し前に調べたウズベク語を聴くことにする。こういう選択は、その時一番聴きたくなったものを聴く、ということにしているので、目論見が外れると、ちょっとがっかりする。なるべく系統の離れたものを次には選びたいので、今回のように同じ膠着語だと気持ちのボルテージが上がらない。ウズベク語には罪は無く、単にこっちの気分の問題なのだ。この休みにとりあえず録音して、ちょっとどうするか考えてみることにする。最新機器ならこういうことは無くなるのだろうか。そんなこともないように思うが。
 イタリア語への翻訳、第3章のチェックが先生から帰って来た。ネイティブでないと気付かない点を色々指摘してもらう。有難い。手許では第4章訳了。ただしまだ未点検。点検してからまた先生に託す。第5章の訳にも取り掛かる。ああ忙しい。
 このごろ右肩が重いものを持つと少し痺れた感じがする。右側ばかりで重いものを持つからちょっと筋肉がおかしくなっているのかもしれない。持たなければ痺れは消える。もう鞄の荷物を減らしたいが、通勤している間はなかなか難しい。あと1年で通勤しなくて済む、と自分に言い聞かせる。それにしても暑い。大したことでもないのにボヤいている自分に気付く。こんなんじゃ、しょうがないなぁ。
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バッサリ切って書き直し。

 自前の文章をイタリア語に翻訳していて、とうとう普通の翻訳では処理できない部分に来た。書いた当時と現在と状況が変わりすぎていて、そのまま訳したのでは無意味になってしまう個所を訳さなければならない。こうなると思い切りバッサリと切り捨てるか、大きく書き換える、いやむしろ新たに書き起こすのに近い作業となる。主にインターネット関係と、語学教材の紹介の部分で、「うわあ、古くなったなあ」と我ながら思ってしまう。
 この点、自前の文章は楽だ。遠慮会釈なく文章を変える。もうイタリア語の自由作文みたいなものである。他人の文章なら改竄になるが、なにせ自分の文章なので著作権に気兼ねは要らないのである。
 比べるのもおこがましいが、『ロリータ』を書いたナボコフなどは自作を別の言語に直す時、やはり相当変更を加えたらしい。レベルは比べ物にならないが、私の場合も原理的には同様である。そうしないと、新しい言語の読者に不都合だからである。もっともナボコフの場合は文章の彫琢、という目的もあっただろうが。
 他の事もやりながらだから、1日に1時間も時間は割けない。ちょっとずつやるしかない。

次の古典、イタリア語翻訳など

『与話情浮名横櫛(よわ〔は〕なさけうきなのよこぐし)』読了。「切られ与三」で有名な作品だが、上演されたのは部分的で、全編上演されたことはないそうである。読んでみて、なるほどそうかなと思った。ちょっと話の展開が後半になるにつれて偶然過ぎる点が多すぎるし、都合よく新しい登場人物が出てきて、その人物が非常に重要な役割を担ったりという、ちょっと都合がよすぎるだろうという点が気になった。しかし人気が出た作品というのは、あまり続けるとこういう結果になるものかもしれない。柳の下にドジョウが10匹も20匹もいる、というわけにはいかないのだろう。どこかで作品にケリを付ける、ということも必要なのかもしれない。
 この後は『雨月物語』にする。これは読んだことがあると記憶するが、やはり傑作の定評があるものを時に読まないと、作品の普遍性についての羅針盤が狂うような気がする。蘊蓄を極めるために古典を読むのではないので、私にとってそれは必要なことである。
 自作のイタリア語への翻訳も進行中。全6章の内、現在第4章を翻訳中。先生には2章までチェックしてもらった。文法問題や講読だけでは気付かない問題が次々現れて、その解決を考えるのが大変だが面白い。語義の違いや細かいニュアンスなど、本当に勉強になる。大変だがやり甲斐はある。もっと早く気付けばよかった。

こんどは土語

 東郷語のまとめが済んだので、今度は土語という、やはりモンゴル語の方言(中国国内)に取り掛かる。このところ、モンゴル系に縁がある。同一時点でやっている言語の分布を考えると面白いなと思うことがある。エリアや系統が重なることが多かったり、歴史的に関連のある言語(旧共産圏の言語など)に集中したり、偶然とは言ってもそれなりに意味があったりする。こんなことに一人で感心したりしている。傍から見たら何が面白いのか、といったことだろうけれども。
 あと通勤も1年ということで、電車の中での今のような聴き込み方は出来なくなると思う。どういう方式を考えたらよいのか、まだ考えはまとまっていない。いろんな意味で翻訳というものにも力を入れられたら、という気持ちもある。「言語調査役」ばかりでも飽きるので。自分の作ったものを自分で翻訳して発信する、というのも面白いと思っているけれども、まだ漠然としている。結局はその場にならないと分からないのだろう。

電子辞書・英語との両引き辞書

『ロシア語リアル・フレーズブック』を聴き始める。
 簡単に進むかと思っていたら、意外と手強い。
口語表現の最先端的なものがぎっしりと詰まっている。緩い部分が非常に少ないので、頭がなかなか消化してくれない、といった感じである。私のロシア語の力が足りないせいもあるのだが、これくらいの背伸びはしてみた方がいいだろう。再生スピードを少し落として聴いてみる。あせらず攻めて行こうと思う。
ロシア語の電子辞書が欲しいな、と思っている。今入れている追加コンテンツの『コンサイス露和辞典』は良い辞書だけれども、やはりボキャブラリーが足りない。ロシア語専用の電子辞書なら、露英辞典も入っているので、内容がもっと分厚くなる。英露辞典もあるとありがたい。英語の表現から探りたいこともある(日本語だと調べるべき見出しの語形が決められない時があるので、英露は便利だ。英語が噛んでくれた方が、何かと語義を画定するのに重宝するのだ。これはロシア語に限らず、他の言語でも同様である。今やっているイタリア語への翻訳でも、英伊や伊英辞典にはずいぶん助けられている。そうしたもろもろの方向の辞書が全部収まった多言語電子辞典があったらどんなに良いだろうと思う。発売してくれないだろうか。あと、ロシア語や韓国語などのキーボード配列がプリントされたキーボード用のカバーフィルムみたいなものがあると助かるのだけれども。贅沢を言ってはいけないのだろうが。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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