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多言語読書・古典読書の割り切り

 今、校閲の仕事が途切れている上にコロナのせいで外出もままならないから、家で古典を原文でひたすら読んでいる。メインはスペイン語の『ドン・キホーテ』で、これは以前途中で中断したのを頭から読み直しているものだ。以前の記憶がおぼろげにあるので、比較的読み易い。
それからイタリア語のボッカチオ『デカメロン』。読み始めた感じでは、イタリア語なので大体のストーリーは終えるが、なにせ古い物だから現代と用語・用法がだいぶ違う。時々意味が不明になる個所があるが、かまわず先に進む。あんまり細部にこだわると止まってしまうので。これは長い旅路になるだろう。
 ドイツ語のゲーテ『ファウスト』。これは非常に難しい。内容が難しいのである。辞書を引いているだけでは意味を掴みかねるので、とうとう訳書を買った。手塚富雄氏訳の中公文庫版である。読売文学賞の翻訳賞を取った優れた訳なので助かっている。それにしてもこの難解な原文を平明な日本語に移した力業には敬服するしかない。とはいうものの、この読書ははたして目的地まで着くのだかどうか。
 ロシア語は迷っている。パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』と、ヴァレンチン・ラスプーチンの『臨終の時 / 母との別れ』の2冊を引っ張り出してきたが、私のロシア語の実力ではかなりの難航が予想される。そこでとりあえず英語の注が入った学習用の読本でチェーホフの短編集を読んでみようかと思っている。
 その他にポルトガル語、中国語の本も手近に置いてみたが、そうそう一度には読めないだろう。試行錯誤しつつ、読みが「乗って来た」作品を続けることになるだろう。全ての作品を読めるわけではないのだから。多言語読書では、こういった割り切りも必要になって来る。
 ちなみに、日本の古典も読もうと思って『枕草子』を途中まで読んだが、どうも自分の体質に合わないのか面白いと思えない。古典も合う合わないがあるのだろう。もう少し頑張ってみるが、断念するかもしれない。
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学習の自然な片寄り、そしてマイナー言語が現代に生きるためには

多言語学習を続けていると、その時期その時期で学んでいる言語の分布が変わって来る。
 例えば中東・南アジアの言語に多く取り組んでいたり、東アジアの言語に集中していたり、東西南北それぞれのヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸、インド、太平洋等々、なぜか地域が片寄ることが多い。もちろんそれとは離れた言語も細々とやっていたりはするのだが、なぜか「○○フェア」みたいに妙に固まってしまうことがよくある。
 現在はタイ語・カンボジア語・ヴェトナム語を同時にやっていて、さながらインドシナ半島フェアである。ラオス語とビルマ語(今はミャンマー語と称されることが多い)は今手を付けていないから、中途半端なのだが、まあそういった状態である。数カ月したら、別の地域のフェアになっているかもしれない。
 その選択は意図的ではなく、手持ちの教材のうちで現在気を引かれるもの、という全く成り行き任せなものである。しかし不思議と長い目で見ると地球上をなんとなく等しく経巡っているような具合になっている。我ながら面白いものだと思う。

 それにくらべて多言語読書の方は、「読むに値する、自分の興味を引く作品」が前提なので、やはり主要言語に集中してしまうのはやむを得ない。プロフェッショナルな言語学者なら「全ての言語に重要性があり、独自の価値を持っている」と主張するのかもしれないが、私はこのごろ、たとえマイナー言語であっても、人類の財産である優れた普遍的な現代作品を自らの言語で生み出そうと努力すべきではないかと思うようになった。それを放棄して、ただ伝統的な世界に籠っていては、やはり明日は無いのではなかろうか。マイナー言語も現代世界に生きる覚悟が無くてはならない。その言語で現代の諸問題を語り、その言語で映画や演劇や漫画などの作品を産み、科学を論じるといった姿勢である。そして多言語読書のリストに入るような作品を創造してくれたら、人類の精神的財産は真の意味で豊かになるのだろうと思う。

中間教材のこと コロナへの対応のこと

 タンルイ語の文法ノートをまとめ終わったので、『タイ語上級講座』(宮本マラシー めこん刊)を代わりに始める。カンボジア語も、他のアジアの言語もそうだが(アジアに限らずとも主要言語以外のものでは)、入門書から先のステップへ行くための教材が乏しいのが現実で、いかにインターネットで現地の新聞等が読めると言っても、そこまでの力をつける前の段階でストップすることが多い。
 もっともこの段階の教材を欲している人の絶対数は少ないから、商売としてはうまみが無い。うまみが無いから出版されない、という悪循環である。志のある出版を待つしかないのである。しかし現今の状況ではますますそれは望み薄だろう。今後多言語学習を目指す人にとって壁は相変わらず高いのである。
 多言語講座が新型コロナウィルスのために延期されてもう5カ月になる。収束はまだ見えない。講座・講義の類は今後オンライン配信する、ということになるかもしれないと漠然と考えている。しかし講座類を持つのは、決して喋りが専門のプロとは言えない人たちが多い。聴講者の反応なしでそれなりの時間面白く喋りきる能力が求められる。これは厳しい。むしろスタッフが聴講者の代わりを務め適宜質問や感想を述べるといったような進行補助を積極的に行うことが求められるだろう。一種のシナリオが必要かもしれない。テキストは通信販売も行い、のちに講義録を刊行しても良いと思う。とにかく新しい方法を模索しなくてはいけないのだろう。「客が来ない」と言ってただ嘆いていても始まらない。新しい形態を考えだす努力が、今全ての業種で求められているのだ。

文法書の佇まい

 白水社の『ニューエクスプレス・アムハラ語』の調べがやっと終わった。思っていたよりずっと時間が掛かってしまった。
 アムハラ語はアラビア語・ヘブライ語と同じセム語族だから変化が複雑なのは承知の上だが、それにしても規則性が今一つ整然と整理されきっていない感じがして(これは私の怠慢のせいだろう)、かなり難儀だった。アムハラ文字も一目でローマ字転写できるほど習熟できていないから、余計厄介だ。ともかく一区切り。
 マダガスカル南部のタンルイ語という言語の入門書があるので、それも進めている。これは公用語のマラガシ語の方言、と言っていいかどうかまだ断言はできないが、かなり近い言語であることは確かである。なぜこんな言語を勉強しているかというと、『〈茨の国〉の言語:マダガスカル南部タンルイ語の記述』(西本希呼:慶應義塾大学出版会)という本が出たからである。そしてこの本の文法書としての佇まいの美しさに惹かれたからである。
 文法書にも人間と同じく〈佇まい〉というものがある、と私は考えている。それは筆者の頭の中でその言語がいかに整理されて捉えられているか、を映す鏡のようなものであると思っている。佇まいの美しい文法書は学んでいてストレスが少ない。私のように自分なりの文法カテゴリーに翻訳し直す、という作業をしている者にとっても、大変整理しやすいものなのである。それが美しくない文法書は、要するに筆者の中でその言語が整理しきれていないのである。説明だけでは不明な部分が多すぎて、かろうじて実際の文例から規則を推測し直す、というような余分の手間が不要なのだ。以前、インドのオリッサ州で話されているドラヴィダ語派の一つ、ペンゴ語をやった時もその文法書の姿に惚れ込んで学習したのだった。そういう文法書にできれば巡り会いたいものである。
 そしてクメール語(カンボジア語)の復習。『カンボジア語 読解と練習』(上田広美:白水社)を注意深く読む。文法ノートに追加の書き込み等しつつ。
 あとにもいくつか言語は控えている。順次進めて行く。

イタリア語に一区切り

イタリア語の会話学校へここ十年くらい通っていたのだけれど、今回区切りを付けることになった。新型コロナウィルスによって対面学習が出来なくなった、というのが最大の理由だが、毎週東京(渋谷)へ通うのが少ししんどくなった、という理由もある。先生たちに対して申し訳ない気持ちはもちろんあるが、こういうことは状況の変化でやむを得ないかと思う。検定で1級が取れたので、このあたりで学習に変化を付けた方がよいかとも考えた。
全体として、古典の読解に重心を移すことにした。私のような年配者がビジネスや、世間でいう「実用」に血道を上げても得られるものは少ない。本来の「優れた原典の声を聞く」、「言語そのものの調べや感性を味わい、受け取る」という目的の方が私などにとっては遥かに有用である。
イタリア語は引き続き学習するので、読む本を考えなくてはならない。ボッカチオの『デカメロン』を読み始めているが、やはり古典だから難解な部分はある。スペイン語の『ドン・キホーテ』は順調に進んでいるので、並行して同じように進めることは難しいかもしれない。やはりピランデッロの短編集をメインにしようか、ちょっと悩んでいる。
延期になっている「多言語講座」の準備はほぼメドが立った。あと数言語を残すのみである(残った言語が難物ではあるが)。メニューにキリバス語(南太平洋、ギルバート諸島の言語)を加えた。太平洋に広がるポリネシア諸語、メラネシア諸語、ミクロネシア諸語のうち、最後のミクロネシア諸語を一つも知らなかったので、その中の最大言語キリバス語を勉強するのである。教材は運よくネットで発見できた。便利な時代である。音声は無いが、YouTubeあたりで会話表現を教えているものを参考に聞けばアウトラインはつかめるだろう。
次々新しいメニューを付け加えてしまうので、相変わらず忙しい。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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