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『ドン・キホーテ』現況

セルバンテスの『ドン・キホーテ』原書購読は第1部(『ドン・キホーテ』は第1部と第2部がある)の8割まで進んだ(全体の4割くらい)。多言語読書の一環で読んでいる。毎日読めればもっと早く進むのだが、実際はそううまくは行かない。実験室で読んでいるわけではなく日常生活の中での読書(しかも外国語)だから、そうそう計画的に進むものではない。とにかくあきらめずに続けることが肝要だ、と思っている。
ここまで読んだ感想では、この作品に対する一般的評価(ドン・キホーテとサンチョ・パンサという二つの典型的人物像を作り上げた傑作)は妥当なものとして、それだけではない点も感じられた。一番感心したのは同時代の他の文学作品(騎士道物)に対する忌憚のない批評の現代性、というか、現代の批評よりも澄んだ眼をしたその批評眼というものに驚きと爽快さを覚えた、という点である。価値がない、と思った作品を容赦なく切り捨て、価値があると思った作品はその価値のありようも含めて実に正確な視点で擁護する。もちろんこれは登場人物の口を借りてそうするのである。しかしその基本はセルバンテス自身の批評眼だろう。
しかし、これは他の古典にも言えることだが、時代の離れた作品ゆえの退屈な(そう感じる)部分ももちろんあるのである。たとえば作中で語られる、ロタリオとアンセルモという友人の間で繰り広げられる、アンセルモの妻カミラの貞節を試すための策略(アンセルモがロタリオに、妻を誘惑してくれと依頼する)について、長々と話が続くのだけれども、正直私はこの部分には惹かれなかった。当時の読者はハラハラしながら読んだのかもしれないが、現代人からするといささか無理のあるシチュエーション設定であり、リアリティに欠けるうらみがある。もちろんこれは個人的感想だ。古典といえどもすべてに感心して読む必要はないのだ。何か芯になる、とびぬけて優れた部分(おそらくそれが古典を古典たらしめているもの)に出会えればそれでよい。その部分はたぶん、最上の読書経験の一つとなるだろう。
語学の近況についてはまた別に書くつもりである。今回は多言語読書の一端についてだけ記した。
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言語と国際情勢は別物

ずいぶん長いことブログを更新していない。
もともとこのブログは大修館書店の「月刊言語」が廃刊となったのをきっかけに、言語にまつわる所感を記す目的で始めたものである。
言語の学習というものは、そんなに頻繁に物珍しいことが起こるものでもなく、本来日記的なものにはふさわしくないのかもしれない。更新しないからといって活動をやめたわけでもないし、言語に興味を失ったわけでもない。もともと地味な行為だから、淡々と続けているだけである。

この間にウクライナではロシアの侵攻があり、その状況は誰でもが知っているようなものなのだが、言語に関する話題では、ウクライナ語の入門書が売れているということがあった。
避難民受け入れで必要だ、という人もいるだろう。しかしそうでない人でもウクライナ語に興味を抱いた人が結構いるのだと知って、少し驚いた。
言語的にウクライナ語とロシア語は近い。しかしベラルーシ語もまた、同じようにロシア語に近いのである。また隣国ポーランドのポーランド語も同じくスラヴ語派である。ポーランドへの避難民が多いわけもこれで得心が行くのではないだろうか。モルドヴァはロマンス語派に属するルーマニア語の方言と考えてよいから、全く系統の異なる(印欧語族でない)ハンガリー語や、バルト三国(印欧語族バルト語派のリトアニア語、ラトヴィア語および非印欧語派のエストニア語=フィンランド語に近い)などが話されている諸国と同様、ウクライナ人にとっては言語的な壁が大きく、心理的には抵抗感があるだろう。いわんや日本語をや、である。チェコ(チェコ語)は少し離れているし、スロヴァキア(スロヴァキア語)はキャパシティが少なそうである。ニュースを言語的に解釈すると、そんな風になる。

さて手元の状況だが、カムチャツカ半島のイテリメン語の文法を学習中で、例文等もなるべく書き写すようにしている。手で書き写し、文法的説明も逐一書いていると、その言語の構造が何となく感じ取れる。どうせ話すことなど決してない言語である。音声資料もほとんど無い。その場合、「書く」というのが一番、その言語を実感できる方法なのである。
そして最近、やはりシベリアのチュルク語派(トルコ語と同系統)の一つ、サハ語の文法書を見つけて入手した。かつてヤクート語と呼ばれていた言語である。以前ロシア語でその文語の入門書を手にしたことがあるが物にできなかった言語である。次はこれをやる。それにしても領土的にはどちらもロシアの言語である。しかし言語学習と国際情勢は混同してはいけないだろう。そんなことを言っていたら言語学習という長いスパンを要する行為はできない。かつての「鬼畜米英、英語は敵性語」的な発想は禁物である。

まだまだやることがある

やっとAssimilのノルウェー語コースを聴き終えた。長かった。
その後は、やはりスカンジナヴィア半島のゲルマン語、スウェーデン語を聴く。
スウェーデン語は、学生の頃カセットテープで初めて勉強した。
そのイントネーションの独特な響きは今でも耳に残っている。久しぶりなのでかえって新鮮である。
サンスクリットの口語会話を聴いているが、これはやってみると現代語(ヒンディー語など)のボキャブラリーも混じったものだということが分かった。
確かに古代語そのままでは現代の会話にはならない。そんな簡単なこともやってみなければ分からないのだ。ちょっと勉強になった。もう少しで終えられるのでひと頑張りである。
カンボジア読本を2回読んで、今は付属のCDを聴いている。耳に音を残しておきたいからで、終えたら処分しようかと思う。何でもかんでも取っておけばよいというものではないだろう。会話は他に教材もあるので、そちらを繰り返し聴けばよい。時間との兼ね合いが大事である。
ちょっと語学的なものに時間を取られ過ぎて、多言語読書の方がおろそかになりつつある。徐々に方向修正を図らなければ。
イタリアのルイジ・ピランデッロの全戯曲集を購入。いずれこれは読む。読んだ作品もかなりあるが、イタリア語の響きが感じられる作品群なので、繰り返し読む価値はあるだろう。
台湾の林海音の児童文学作品もいくつか注文した。これもいずれ読みたい。
まだまだやらなければならないことが控えている。

中間は苦しい

 Assimilのノルウェー語がやっと先が見えて来たので、聴き込みも続けるが追い込みの調べもスピードアップさせている。
 長い学習で一番苦労するのが、半ばあたりでのモチベーションの維持だ。ここのところ全てがその状態だったので苦しかった。やはりゴールが見えてくるものがあると何となく活性化する。
 それにしてもAssimilはちょっと教材としてはボリュームがありすぎる。半分くらいでもいいのではないか。後半はフランス小話的ジョーク集みたいな感じで、面白いと言えば面白いが、一回読めば内容的にはもう十分で、繰り返し聴くにはちょっとうるさい感じがする。それにシチュエーションが特異な中で使われる表現は応用範囲も広いとは言えないし、次の段階や実際の応用において学べばよいものだと思う。ちょっと欲張りすぎている感じがする。
 やはり昔のLinguaphoneはその点バランスが取れていた。語学教材も国民性が現れるものだと思う。イギリスの教材は実際的である。実用も文化もほどほどに取り入れ、何より言葉の基本を覚えさせるという姿勢がゆるぎない。私はそちらの方が好きだ。もちろんこれは人の好みにもよるのだけれど。
 ノルウェー語の次に何をやるかは思案中。これを考えている時が楽しい。始めるときも楽しい。それから徐々に苦しい中間走が始まるのだ。

日本語は大変

 人から依頼されて校閲に関する原稿を書いたのだけれども、旧仮名や旧字についての説明をもっと詳しく、と要求されてちょっと苦労した。
 校閲者は国語学者ではないので、そのあたりのことは実用的に問題ないというレベルで承知しているに過ぎない。
 しかし人に説明するとなるとこれは一苦労である。仕方がないので漢字関係の資料を読み、日本語の文法関係の本を読み、とりあえす書き上げた。
 しかし後から疑問が次々湧いてきて、それを解決するためにあれこれ調べている。まことに自分の知識不足を痛感する。
 その関連で橋本進吉『古代国語の音韻について』を読んでいる。岩波の『シリーズ日本語史1 音韻史』の第3章・音韻史を読んだついでに、岩波文庫に入っているが未読だった本作を初めて読む。漠然としかイメージしていなかった古代日本語の発音の問題を緻密に考察しているものである(表題作は講演の筆記)。
 これを読むと日本語の研究も一筋縄では行かない大変なものであることが分かる。結局のところ現在に至るまでも結論の出ていない難問題を、戦前すでにここまで考究していたのは素晴らしい。まだ途中だけれども、その粘り強い研究に感じるところが多い。
 漢字の字体については、文科省(もと文部省)や文化庁の出すさまざまな新しい方針が古いものと複雑に絡み合って問題を困難にしているな、というのが実感だ。
 これらの問題を考えるのに、結局新しく国語辞典・漢和辞典その他を6冊購入した。ずいぶん高くついたけれど、まあ今後も役に立つものだから良しとしよう。
 外国語はなかなか進まない。ただ「イテリメン語文法」に手を付けることにした。会話本などのエクササイズは時間的にも骨が折れるけれど、文法はまとめた分だけ確実に積みあがるので私は好きだ。ブログも本当に間遠になっているが、書くことがあったらまた書くことにする。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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