一日中翻訳

ひょんなことから、今日は翻訳を3本進めることになってしまった。2本は和訳、1本はイタリア語への翻訳である。前の二つは校閲講座用で、使用する問題のためのもの(英文)と、もう一方は歌詞である。今日の歌詞はタガログ語。大変難しかった。しかしこういう経験はその言語への理解が深まる気がする。しかしタガログ語(ピリピノ語)は、日本語の良い辞書が無い。そういえばタガログ語は大学でもあまり教えていないのではないだろうか。近い国なのに意外である。英語教育ばかり論じられている一方、なんとも淋しい話である。
一日中翻訳をやっていると、慣れないせいかやはり疲れる。イタリア語への翻訳はまだまだ時間が掛かる。あせらず地道にやって行こうと思う。
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英文に一区切り

 ある用途のために英文の良い短編小説を探していたのだが、ぺーパーバックスの短編小説名作選とかO.ヘンリー短編集の作品をいくつか読んでみて、これはと思うものがなかなか見つからなかった。自分の感性とぴったり合う作品、というのはなかなか巡り合えないものなのかもしれない。埒があかないので、その前に読んだディケンズの掌編を選ぶことにした。ちょっと古いかもしれないけれども、ここには人生の手触りがはっきりとあって、私の好みにぴったりだ。
 世の中に文芸作品は数多いが、年月を越えて生き残る作品は本当に少ないのかもしれない、と実感するような経験だった。その時の文学の潮流だとか、社会的状況だとか、その他さまざまな要素が夢のように消えてしまった後になお輝きを放つ作品というのは、どのような作品なのだろう。それは作家自身の予想とはどれくらい食い違ってしまうものなのだろうか。
 それはともかく、英語の件が一区切りついたので、その後にダンテのラテン語「俗語論」を入れる。イタリア語との対訳。イタリア語の勉強にもなり一石二鳥である。時間は掛かるかもしれないが、言語論でもあるので私には有益なものだと思っている。

本を手に取って買う

 久しぶりに神田のイタリア書房へ行った。イタリア語の本は、以前はほとんど全てここで買ったものだった。いつの間にか足が遠ざかっていたが、どうしても実際に本棚から実物の本を取って、そのテキストをわが目で確かめて、納得して買うということをまたしてみたくなり、時間を作って訪れたのだ。
 店舗は昔と変わらず、中も細かいレイアウト以外は同じだったが、スペイン語の本が増えてイタリア語の本が少し減ったように思えた。ネットで本を注文する人が増える中、経営も大変なのだろと思う。
 結局Italo Svevoの短編集と、Cesare Pavese の“La Bella Estate”、Carlo Godoni の“Arlecchino servitore di due padroni” を買った。古典と準古典である。
 結果は平凡でも、やはり実際に本を見て買う、というのは一味違う。納得した分満足度が高い。いつもそうすれば良いのだが、なかなかそうは出来ない。私はあまり良い客とは言えないだろう。
 学生の頃、紀伊國屋や丸善の洋書棚の前で長い間迷いつつ本を選んだのは、今から思うと至福の時間だったのだろう。当たり前の状景だと思っていたのだが。実際の本の中身を覗くことほど有効な宣伝は無いのだが、ネット上の宣伝文句は芝居臭さが勝っていて今一つ信用が置けない。本を選ぶには厄介な時代になったものである。

アムハラ語も出た

 白水社から『ニューエクスプレス・ロマ(ジプシー)語』に続いて『ニューエクスプレス・アムハラ語』が出た。
 アムハラ語はエチオピアの公用語で、アラビア語と同じセム語派に属する。文字も独自のものを持っているが、日本ではこれまで入門書は無かったと思う。私は英語の本で文法をまとめた。音声資料もRoutledgeから出ていた会話資料を聴いたことはあるが、スピードが速すぎてただ聞き流しただけに終わった。これも白水社の本とCDで、きちんと補完したいと思う。辞書は簡単な英語との両引き辞典を持っているが、実用に供するにはやや心許ない。もっともアムハラ語をそれほど追究することはないだろうから、今回の入門書はちょうど手頃な資料の出版で喜ばしい。
 本が売れない中で、語学書も少数言語の出版が減っているような気がする。その中で白水社の健闘が目立つ。大学書林が伝統的にこの分野は強かったのだが、ここのところ思いもかけない所からゲリラ的に出版されるケースも散見するようになった。
 できたら手頃な値段のマルタ語の会話集とか、シチリア語やサルデーニャ語の会話集、ジャワ語の会話集も出てくれたらなあ、と勝手に空想している。やりきれるかどうかも分からないのに。でも年取ってからの趣味としたら、安いものでしょう。

最近の進展

『ロシア語リアルフレーズブック』の調べが終わった。代わりにインドネシア語の会話表現集というのを持ってくる。インドネシア語は単語集をしばらく勉強していたので、少しは楽に進められるかと思っている。その単語の一部しか頭には入っていないが、それでも抵抗感はぐっと減るはずだ。
 白水社の『CDエクスプレス・ベンガル語』の調べももうすぐ終了。代わりに何を始めるか。候補としてはロマ語とベルベル語。ロマ語(ジプシー語)はロシア語で出版されたロマ語の小事典に文法が記述されていたのを以前まとめておいたが、先日白水社からニューエクスプレス・シリーズで入門書が出たので、もう一度きちんとまとめておこうというものである。ベルベル語(北アフリカに分布する言語)も以前出た本で簡単にまとめたのだが、別の本でもう一度さらってみようかと思っている。公用語でない比較的有力な言語は、方言差などもあって、複数の文法書を浚ってみる必要がある。
 中国の少数民族語、保安語も文法もまとめ終わった。次は東郷語。これも保安語同様、モンゴル語の方言である。
 チェーザレ・パヴェーゼの『月と篝火』の原典講読も終了。イタリアの故郷を捨ててアメリカに渡った男が、久方ぶりに帰郷して、昔の思い出に浸ったり、自らが不在の間に起きた悲惨な出来事(第二次大戦中やその後の)を知って行く物語で、押さえた筆致が効果的な作品だった。
 その後はどうしようかと思案しているが、ちょっと必要があってO.Henryの短編集をしばし読んでみるつもり。O.Henryというと、なにか読み易そうな印象を持っていたが、実際に一つ二つ読んでみるとなかなか曲者である。漠然としたイメージで判断するものではないな、と思う。しばらくそれを続けたら、ダンテの『俗語論』(ラテン語で書かれている。イタリア語との対訳本を持っている)でも読もうかと思っている。
 このところ学習の入れ替えが続く。少し気持ちがすっきりする。
プロフィール

井上孝夫

Author:井上孝夫
多言語の学習・研究、多言語読書を長年続けています。著書に新潮新書『世界中の言語を楽しく学ぶ』『その日本語、ヨロシイですか?』あり。マンガ・イラストの別ブログ「スケッチ貯金箱」もやっています。

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